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ノンフィクション作家 久田恵さん

 ■仕事正念場…倒れた母 介護めぐり父と衝突 乗り越えた末の平穏

 ノンフィクション作家の久田恵さん(59)に、親の介護が降りかかったのは39歳のとき。シングルマザーで子供を抱え、一方でライターとして頭角を現してきたころでした。介護にあたった20年はそのまま、久田さんの娘として、母として、職業人としての歳月に重なります。(聞き手 永栄朋子)

 私は20歳で大学を中退し、家出しました。未婚で出産し、籍は入れたものの離婚して…。そんな娘を見かねたんでしょうね。父の退職で両親が地方から神奈川県の自宅に戻る際、一緒に暮らそうと誘ってくれたんです。小学2年生の息子と2人、生活にくたびれていた私は、その話に飛びつきました。

 ところが、同居1年で64歳だった母が脳卒中で倒れたんです。右半身まひ、重い失語症で言葉を失いました。

 私は初めて出版社から「署名入りで好きなものを書いていい」と言われ、人生はこれからが正念場だ、と思っていたところでした。

 母は頭ははっきりしているのに、言葉は出ず、出ても「リンゴ」が「お茶碗(ちゃわん)」になるといった具合。まひで身ぶり手ぶりもできないもどかしさ−。短歌をたしなみ、趣味に生きた母にとって、言葉を失うのは、絶望に値したと思います。家族の目を盗んでひもを集め、自殺を図りました。

 夜中に胸騒ぎで様子を見に行ったら、首にひもを巻いていました。不自由な体で死ぬなんて無理なのに…。私は「今、お母さんに死なれたら私も子供も立ち直れない。お願いだから生きて」と泣いて頼みました。

 母はすべてをあきらめたのか、その後、自殺をしようとはしませんでした。一方、私はこの一件で、母を置いて家を出られなくなりました。

                  ◆◇◆

 母はその後、懸命なリハビリでつえをついて歩き、左手で字を書けるまでに回復しました。でも、70歳を過ぎると、リハビリが加齢に追いつかなくなりました。やっとできるようになったことが、再びできなくなる。母は2度つらい思いをしたと思います。

 私は稼がなければならないのに、母を置いていけない。しかも、父とは介護や家事をめぐるケンカが絶えませんでした。

 お茶も入れたことがなかった父ですが、母が倒れてからは、分厚い専門書や料理の本を片手に介護や料理をマスターしました。もともと、理系の技術者。はかりや電卓を使って調理するような父と、大ざっぱな私はよくぶつかりました。

 介護保険なんて、なかった時代。区にヘルパーを申し込んでも、私が在宅の仕事だから、無理だという。民間に頼んだら、父のやり方には従えないと、1日で断られました。

 一方、思春期に入った息子は高校で不登校に。介護、子育て、主婦業、仕事−。四重苦で、私は貧血で何度も倒れました。

 それでも、介護が生きがいの父、学校には行かないけれど、介護には協力的な息子、私と母の4人が一時はみんな引きこもりのような状態で暮らしていました。

 そんな状況で父が自分のやり方を通そうと怒ると、私の中で何かがはじけ飛ぶんです。「一生懸命やっているじゃないの」「私の人生をここまで注いでいるじゃないの」と。

 介護って優しくない自分、こらえ性のない自分と向き合い続けること。傷つき果てます。私は無信仰ですが、毎晩「明日は優しくいられますように」と、祈ってから眠ったものです。

                  ◆◇◆

 結局、息子が大検を経て大学に入って家を出たことで、その生活は終止符に。80過ぎの父と私で70キロ近い母を介護するのは無理がありました。都内の有料老人ホームの、母は介護型、父は自立型に入ってもらいました。私が取材先として通っていたホームで、飲酒も外出も恋愛も自由。前から施設長が「いざとなったら、ここに入っちゃいなさい」と誘ってくださっていたんです。それなのに、ひとりホームへ入れることが捨てるようで、ずっとできなかった。

 でも、母にはホームが楽しかったみたい。父は母の部屋に通って介護し、私も近くに転居して通いました。

 母はその2年後、6年前の春に旅立ちました。脳卒中で倒れた後は、老いの速さが2倍になるといいますが、本当ですね。64歳で倒れて12年。12×2+64で88歳になりますから。

 父も老いて、今は良寛様のよう。私は相変わらず、顔を見に通っています。

 どこかへ行きたいとか、将来の予定を考えるたびに罪悪感を覚えます。自分だけが楽しいことをしているようで…。「私だって自由に生きていいんだ」「自分の幸福を追求しなきゃ」と言い聞かせながら過ごしています。

                   ◇

【プロフィル】久田恵

 ひさだ・めぐみ 昭和22年生まれ。上智大学中退。平成2年「フィリッピーナを愛した男たち」で第21回大宅壮一ノンフィクション賞。自身の介護体験をつづった「母のいる場所」は映画化もされている。長男、稲泉連氏は昨年、「ぼくもいくさに征くのだけれど」で大宅賞を受け、初の親子受賞で話題になった。

(2006/12/22)

 
 
 
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