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男の介護(上)

双日(株)グループ統轄部主査・鈴木康孝さん(撮影・頼光和弘)


 □双日(株)グループ統轄部主査 鈴木康孝さん(58)

 ■入退院を繰り返す父/団塊・長男のUターン/諦められぬ社会貢献

 「介護は女の仕事」といった風潮はまだあるものの、世間を見渡せば、男性介護者も目立ってきました。団塊、働き盛り、一人っ子、長男と立場が違えば、抱える悩みもそれぞれ。3日間にわたり、3人の方の「男の介護」をお伝えします。初回は元函館税関長で、現在は双日に勤める鈴木康孝さん(58)。団塊世代の鈴木さんは共働きの妻を都内に残してのUターン介護です。(聞き手 永栄朋子)

 私はいわゆる団塊の世代ですが、最近、同世代の間では「親の介護、どうしてる?」というのがあいさつ代わりです。それくらい親の介護に直面してる人が多い。

 うちは、父(88)が20年ほど前から入退院を繰り返すようになりまして。そのたびに、長男の私が、大阪の実家に呼ばれるんです。病院にいるなら、することはないし、むしろ安心なのですが(笑)、母(83)が神経質なので「帰ってきて」となるんです。

 当時は、霞が関の本省勤務。仕事は集中力がいるし、国会会期中は毎晩、午前1時、2時まで働いていました。それでも、30〜40代は仕事が面白くて仕方がなかった。

 本格的な介護が始まったのは、5、6年前でしょうか。父が脳梗塞(こうそく)を2回やって、認知症が出始めたんです。それまで、普段は近くに住む末の妹が面倒を見ていたんですが、1人では負担が重い。それで、私もこの3、4年、月に2度ほど実家に通ってたんです。

 でも、毎月、入院騒ぎがあって、父も不良患者だから、実家から電話がしょっちゅうかかってくる。函館に勤務していたときは旅費も大変でした。東京に戻ってからも、これ以上の遠距離介護は精神的にもたないと、昨年9月、大阪に職場が見つかったのを機に、実家に戻りました。共働きの妻を東京に残してUターン介護です。

                  ■□■

 介護に違和感はなかったんですよ。妹は2人とも養護学校の教師。娘も社会福祉士ですから。でも、いざやってみると、これが大変。この大変さをわかってくれといっても仕方がないというか…。

 父も若いときはカッコイイ男だったんです。仕事のかたわら長年、保護司を務めましてね。スポーツ万能で、子供の運動会ではいつも父母の部でトップ。それが今は歩けない…。その落差がショックで。私もいずれああなるんかな、と。 

 聖路加国際病院の日野原重明先生なんて95歳なのに、かくしゃくとしているじゃないですか。どうしても父と比較してしまうんです。母は「そんなん、比べたってしようがないやないか」と言いますが。私も学生時代、父に散々、ほかと比べられたからでしょうかね(笑)。

 私は普段、8時半に出勤して、夕方6時半に帰宅します。夜の付き合いはなくなりました。日中は、要支援2の母とヘルパーさんが、父の食事の世話にあたりますが、私も料理は大好き。洗濯もあのきれいになるふわふわ感が好きで。父もお漏らしとかありますんで、出勤前に必ず洗濯機を回します。

 ただ、夜が大変。昼夜逆転しているので、真夜中にウロウロして、要求を出す。くだらないことなんですよ。やれ「懐中電灯がない」とか「電球のかさが曲がってる」とか(笑)。そんな父に付き添うため、母も昼夜逆転で、できないことがあると、私を呼びに来る。毎晩12時過ぎに2、3回。こっちもイライラしながら起きるので、1度起こされると眠れない。

 気候の変動で体調も急変しますしね。1カ月に1度は高熱を出し、子供のときや、軍隊時代のうわごとを言い出す。すると、母が「何とかしてやって」と、パニックを起こして…。

 調子悪いときは、ウンチつけたままウロウロするし、イライラすることはしょっちゅう。こんなん言うたらバチ当たるけど、尊敬していた父が、尊厳ある死に向かっていない感じがするんですね。そこがつらい。

                  ■□■

 ストレスはありますが、それでも、私は恵まれている。母も2人の妹もよくやってくれるし、職場の理解もある。東京にいる妻とも、離れて精神的により緊密になりました。

 介護保険にも感謝してます。始まって数年の制度なのに、ヘルパーさんは、みなさんよくやってくれます。「何かあったら呼んでください」と、緊急時でもボランティアで駆けつけてくれるんですよ。介護保険は契約制度ですが、基本にあるのは人の気持ちだと感じさせられますね。

 最近は父も割と調子がいいんです。家族は私が戻って安心したんだろうと言いますね。

 ただ、家族に喜んでもらうのも大事やけど、私自身は、ジョブ・サティスファクション(仕事での満足感)というのかな。本当は、自分が必要とされているうちは、親の介護を心配せずに、社会で働きたい。いままで自分が培ったノウハウが世の中で役立っていると感じるのは喜びですから。社会的貢献というか…。まだその気持ちは捨てられない部分があります。

                   ◇

【プロフィル】鈴木康孝

 すずき・やすたか 昭和23年大阪市生まれ。大阪市内の下町に育つ。京都工芸繊維大学卒業後、47年神戸税関。旧大蔵省関税局、外務省在米日本大使館などを経て、平成15年函館税関長。現在は「双日」に勤務。今年から、介護の気分転換もかねて、四国の霊場めぐりを始めた。「介護のエネルギーをかきたてるのは、精神的な部分が大きい」という。生きがいは、昨年生まれた孫の成長。

(2007/03/27)

 

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