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はらたいら夫人 原ちず子さん(62) 

原ちず子さん(撮影・古厩正樹)


 ■「男の更年期」に悩み/肝硬変で逝った酒豪/悔いなき漫画家人生

 漫画家として、クイズ番組の名解答者として、お茶の間の人気者だったはらたいらさん(享年63)。若くして売れ、働きに働きますが、50代は一転「男の更年期」に苦しみました。最後は飲みすぎが命取りとなりましたが、お酒を楽しみ、漫画を描き続けた人生を、妻のちず子さん(62)は「本望だったと思う」と、振り返ります。(聞き手 永栄朋子)

 主人が49歳のころだったでしょうか。わけもなく「不安だ」とか、「眠れない」「気力がない」などと言い出すようになりまして。子供のように抱きついてくるので、私も「よしよし、大丈夫よ。落ち着いて」と、母親のようにあやして…。

 そんな状態が10年。寝込んだり、入院したりはありませんでしたが、私にとっては、主人が亡くなる直前の入院生活よりも、大変な月日でした。

 本人は「更年期」と称していましたが、引き金は2つ考えられました。1つは、16年半続いたテレビ番組「クイズダービー」のレギュラーを終えたこと。

 「お遊びの番組ですから」と誘われ、気楽に引き受けたものの、主人はたまたま初回の正答率が高かったんです。新聞から雑学の本まで読んで予習して行きましたから。そしたら、今度はそのレッテルから逃れられなくなってしまって…。

 「バカだといわれたら、ほかの漫画家に申し訳ない」と、そればかり気にしていました。「当たる」と言われた陰には、つらい努力があったんです。番組が終わってほっとする一方、力を入れていた分、燃え尽き症候群のようなところがあったのだろうと。

 もう1つは私の乳がんです。主人はお風呂の湯加減1つできない人でしたから、私以上に、私の乳がんが怖かったんだと思います。

                  ■□■

 主人は故郷、高知県の高校の1年先輩。昔は後輩が就職で上京すると、先輩がおごってくれましてね。でも、おごってくれたのは最初だけ。主人は当時、漫画が売れず、お金がなかったんです。

 コーヒー代も持たずに喫茶店に入るものだから、お店からよく「お金を持ってきて」と電話がありました。私のお給料日には、会社の門のところで待っているんです。

 私は給料を増やそうと、出版社に転職しました。2人分の生活費を稼ぐために昼も夜も働き通し。一緒に暮らし始めたのは、家賃も半分で済むし、なにより恋愛感情がなかったわけじゃないからですが、1年半で16キロやせました。

 でも、いま振り返ると、3畳一間で、無一文の主人と暮らしていたあのころが一番楽しかった。「私の力でこの人を世に出したい」と、主人が仕事に集中できるよう力を注ぎました。生活のことは何もできない人になったのは、私の責任です。

 自立させるべきかと、思ったこともあります。でも、何十年も続いた生活は、簡単には変えられません。主人は10歳のまま大人になったような甘ったれさん。一緒にいて「お母さんになってあげれば、一番いいんだ」と。40歳過ぎてからは治せませんでした。

                  ■□■

 郷里が一緒でよかったのは、主人が更年期のときに、「ふるさとに似た環境に連れ出したら元気になるのでは」という予想が当たったこと。伊豆のアトリエ周辺は、高知の風景によく似ていたんです。海が見えてくると、主人の顔つきがパーッと変わる。多いときは月に3度は通いました。

 3日でボトル2本を空けるほどの酒豪で、昨年の11月10日に肝硬変が進んだ肝性脳症で逝きました。6日が退院予定日で、まさかこんなに急に逝くとは思いもしませんでした。原稿も亡くなる10日前まで書いていたほどです。

 でも、ないものが見えたり、認知症のような症状が出て、仕事ができない主人は見ていられませんでした。それに、平均寿命まで生きられないことは、本人も私も覚悟の上でした。

 飲ませないのが正解だと思います。でも4、5年前に休肝日を設けたとき、私に内証で飲んでいて…。お酒を抜いたときに鬱々(うつうつ)とする様子と、飲んだときの本当に幸せそうな顔を見て、お酒を取るのは、やめようと。

 主人も「お酒を飲めた方がいい。太く短い人生でいい」と申しておりました。仕事も、お酒を飲むことも、30代、40代でハチャメチャやってましたから、60歳過ぎまで生きられるとは思っていなかったようです。

 家族にとっては、どんなであっても、生きていてほしい。でも、こうした逝き方が主人には本望で、理想的だったと思います。だから、私も悔いがないと言わないといけませんね。

 作品の出来具合はともかく、最期まで仕事もさせていただきました。漫画家として一生を通したかった主人には、言うことのない人生だったのではないでしょうか。

                   ◇

【プロフィル】原ちず子

 はら・ちずこ 昭和19年生まれ。高知県立山田高校卒。37年に上京し、高校の1年上のたいらさんと再会。39年に結婚。今年3月、たいらさんとの出会いからみとりまでを記した「はらたいらに全部」(アスコム)を出版した。

(2007/04/26)

 

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