得ダネ情報 住まい 転職 為替
powered by goo

文字の大きさ:

 
 
 

 

icon

得ダネ情報

 
 
ゆうゆうLife
 

車いすのアスリート 土田和歌子さん(32)

家族で金メダルを目指していたという土田さんと、夫でコーチの慶樹さん(後方)


 ■交通事故で下半身不随 障害に甘えず力を発揮 次の目標北京で「金」

 車いすのトップアスリート、土田和歌子さん(32)=東京都。これまで、数々の国際大会で優勝してきました。結婚と出産を経験し、来年の北京パラリンピックでは、「ママでも金」とばかりに、さらに限界まで挑戦したいといます。(聞き手 北村理)

 来年北京で開かれるパラリンピックのマラソンで金メダルを目指します。アテネで果たせなかった夢を追います。

 でも、それ以上に、結婚し、出産も昨年、無事終えた今の生活を楽しんでいます。それは、多くの人が、スポーツの世界に導いてくれたからでもあると思います。

 高校2年生の時、山梨で友人の車に同乗していて事故にあい、脊髄(せきずい)損傷で両足が不自由になりました。車いすの生活になる、と分かったときは混乱しました。車いすの生活なんて、自分に無縁な、どこかよその世界のことだと思っていましたから。

 その後、母親が会いに来られるよう、東京都内の病院に転院したところ、その病棟が、私と同じような障害をもつ人たちの社会復帰の訓練をする場所だったのです。

 そこでは、車いすに乗った人が自由自在に走り回り、生き生きとしていました。その後、病院の先生の紹介で、本格的にスポーツを始めました。

 違う世界のことと受け入れ難かった車いすの生活が、抱いていたイメージから変わり、早くそうなりたいと思えるようになったのです。

 もし、こう思える環境がなかったら、患者から次のステップに踏み出さなかったら、今の私はなかったと思います。

 回復後、養護学校に行く選択肢もありましたが、私はそうはしたくなかった。障害者であることに甘えたくなかったのです。ですから、在学していた高校への復帰にこだわりました。その後、東京都への就職も果たしました。

                  ◆◇◆

 もともと、体を動かすのは好きでしたが、何か特定のスポーツに熱中していたわけではありません。それでも、車いすでバスケットボールや陸上競技に親しむうちに、アイススレッジ(車いすをそりがわりに競走する競技)の講習会に誘われ、どういうわけか、ノルウェーのコーチに見込まれたのです。

 3カ月の特訓後、リレハンメルの冬季大会(1994年)に臨みました。惨敗でしたが、ワンランク上のスポーツの世界をのぞいたことで、障害者スポーツの無限の可能性を感じることができました。

 こうした競技生活と並行して、夫(コーチの高橋慶樹さん=33歳)に出会い、一昨年結婚。昨年、長男が生まれ、主婦としての家庭生活も始まりました。

 出産は、下半身不随のため、帝王切開という選択もありましたが、私は自然分娩(ぶんべん)にこだわりました。身体の残存機能をフルに生かしたいと思ったからです。前日まで運動をしていたせいか、陣痛から出産までスムーズで、予定日の5日前に無事生まれました。

 出産後、モチベーションが上がり、精神的にもさらに大きく成長した気がします。肉体的にも、今まで以上に、つらさに耐えられるようになったと思います。

 妊娠中は競技を離れていたため、体力の回復には不安もありました。でも、もともと、「無」の状態から世界の競技に挑戦してきたわけですから、これまでの積み重ねを振り返り、取り戻していきたいと思います。

 4月のボストンマラソンで(日本人女性初の優勝といった)結果は出しましたが、タイムはまだまだ満足のいくものではありません。今後、北京に向けて、本当に大きな挑戦になると思います。

 結果を出さねばならない競技と家庭の両立は悪戦苦闘の毎日ですが、これも私の生活だと受け止めています。

                  ◆◇◆

 障害者スポーツは、障害者が自身の障害を受け入れ、スポーツを始め、それを続けていくために、多くの人の協力が必要です。

 それが、障害者にとっては社会復帰そのものなのですが、その流れの中で、ひとつでも壁があったら、私はスポーツの世界にいなかったかもしれません。

 障害者スポーツは、競技用の器具の開発が進み、裾野が広がりつつあります。実際、障害を負う前にそれほど運動経験のなかった人でも、活躍している人はいます。

 だから、健常者も障害者も含めて、1人でも多くの人に、障害者スポーツに関心を持ってもらい、その可能性に触れてもらいたい。障害者スポーツのレベルアップと普及に少しでも役立てばと思っています。

 そのためにも、北京パラリンピックのマラソンで金メダルを目指したいのです。障害に甘えず、多くの人に支えられた環境で100%力を発揮し、世界のトップクラスを維持し続けようと思っています。

                   ◇

【プロフィル】土田和歌子

 つちだ・わかこ 昭和49年、東京都生まれ。東京都職員を経て平成13年にプロ転向。10年長野パラリンピックでアイススレッジスケート1500メートルなどで金、銀メダル。12年シドニーではマラソン銅。16年アテネは5000メートルで金、マラソンで銀メダル。この間、ホノルル、ボストンマラソンで優勝。現在、人材サービス会社「ヒューマントラスト」所属。

(2007/06/29)

 

論説

 

 
 
Copyright © 2007 SANKEI DIGITAL INC. All rights reserved.