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評論家 樋口恵子さん(75)


 □「介護期間を年金資格に」

 ■家族の立場で発言し続け21世紀はおばあさんの世紀  

 介護保険が施行されて7年。しかし、今も、介護のために仕事を辞める人は珍しくありません。実母と夫を介護した評論家の樋口恵子さん(75)は、介護に携わる人が仕事も続けられず、病院にも行けないのを見てきました。介護で仕事を辞めても無年金にならずに済む制度、高齢でも働ける場づくりが必要と訴えます。(聞き手 永栄朋子)

 介護を意識したのは三十数年前です。同居の母が婦人科系の疾患で倒れ、老人性の鬱(うつ)になってしまったのです。私は当時、40代初め。評論家として売り出し中でしてね。OLとの二足のわらじが履ききれなくなり、大手企業を未練半分、辞めたばかりでした。

 母は人前ではしっかりしているのに、「誰かが連れ去りに来る」なんて言い始めまして。そんな母に、私は机をドンとたたいて「お母様、しっかりしてくださいよ」と叱咤(しった)して…。

 認知症や高齢期の鬱に対して、社会にも、自分にも、知識がなかったことが悔やまれます。

 私は最初の夫と死に別れ、母と中学生の娘を抱える一家の大黒柱。仕事欲にあふれていただけに、最大の協力者だった母の症状に途方に暮れました。会社を辞めたことを、つくづく後悔したものです。

 今思えば、自宅でオムツを換えた時期は短かったし、2年という介護期間も長くはありません。母は入院したので、排泄(はいせつ)、入浴、食事の世話という三大介護も手伝い程度でした。

 しかし、介護には命の終わりを見届ける責任もある。それは果たしたと思うんです。

 入院先は片道2時間半。母のために仕事のキャンセルが重なると、「ああ、こうして女性の介護退職は引きもきらず起こるのか」と実感しました。未練半分辞めた会社でしたが、続けていても、ここで辞表を書かざるを得なかっただろうと。

 女性の退職は育児だけがきっかけではない。子育てが一段落し、再チャレンジするとき、あるいは管理職寸前の脂の乗り切った時期に介護が待っていると痛感しました。

 同級生には、介護疲れで亡くなった人もいました。介護保険なんてしゃれた発想はありませんでしたが、みんなで支え合う制度を作りたいと思いました。それが、「高齢社会をよくする女性の会」結成につながりました。

                   ◇

 2度目の介護は平成8年。介護保険法成立の前年でした。夫が脳梗塞(こうそく)を起こし、意思表示は親指1本の動きと、まばたきだけという重篤な病人になってしまったのです。

 夫は元気なころは「プロダクティブ(生産的)な能力と場を失ったら、生きていたくない」と言い続けた人。それが、いざ自力で食事も呼吸も排泄もできない状態になると、全身で「生き続けたい」と訴えていました。そんな夫を3年ほど見守り、死生観というものを、深く深く考えさせられました。

 忘れられない出来事がありましてね。夫の入院中、私も乳がんで入院したのですが、同じ病院に、おしゅうとさんを見送ったばかりのお嫁さんがいらしたんです。その方も乳がん。しこりを自覚していたのに、徘徊(はいかい)するおしゅうとさんの世話で病院に行けず、受診したときには手遅れでした。

 私どもの会で家族介護の調査をすると、同じような悩みが寄せられます。「がんが再発したが、介護で病院に行けない」とか、「白内障の手術が必要だが、徘徊のある母を置いていけない。失明するしかないのでしょうか」とか。

 乳がんのお嫁さんには、「介護の社会化を進めなさい」と、出会わせてもらったと思っています。症状を自覚しても医療機関に行けない介護者の立場で発言し、介護保険施行を応援しようと、そんな覚悟を新たにしました。

                   ◇

 介護保険が始まって7年。世の中明るくなりました。一方で、介護のために仕事を辞める人が、引きも切らない現実があります。こうして仕事を辞める人は年金受給に必要な25年の加入期間を満たせず、無年金になる危険性が高い。しかも、そこは圧倒的に女性が多いんです。

 21世紀の半ばには、日本の全人口の4割が高齢者になって、そのうちの6割はおばあさん。まさにおばあさんの世紀なのに、大変な問題です。60歳以上の女性が働く場が必要ですし、75歳くらいまでは月に5万円程度、働こうという気概も大事だと思います。

 同時に、介護のため、どうしても仕事に就けない間を、年金の資格期間に算入する制度も必要ではないかと思うんです。今後はそういった介護者の声を反映させる活動を進めていきたいと思っています。

                   ◇

【プロフィル】樋口恵子

 ひぐち・けいこ 昭和7年生まれ。東大卒。時事通信社やキヤノンなどの勤務をへて、評論家として独立。昭和58年、NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」を設立。介護保険法成立に大きな役割を果たした。平成12年、エイボン女性大賞。東京家政大学名誉教授。

(2007/08/31)

 

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