産経新聞社

ゆうゆうLife

歌手 アグネス・チャンさん(52)(下)

これからはがん経験者として、支え合いの輪を広げたいというアグネス・チャンさん


 ■がんを隠さない勇気 自らの体験が励ましに 命のリレーつなぎたい

 がんと分かってから1カ月あまり。この間、アグネス・チャンさん(52)にはずいぶん心の葛藤(かっとう)があったといいます。それを支えたのが家族や医師、多くのがん体験者でした。アグネスさんは「命のリレーの輪を広げたい」と、がん患者への心のケアの重要性を指摘します。(北村理)

 がんと分かったとき、病院に向かう車で泣いたといいました。死ぬことが怖いというよりも、まだ10歳の末の息子がせめて、高校生になるまで見届けてあげたいと思った。

 それは、私しかできないことだから。ちょっと、かわいそうかなと。しこりが見つかって、末の子には話しました。「ガーン、うそー」って。がんは小さいからといったら、落ち着いてくれましたけど。

 また、80歳の母親より先立つのは親不孝だと頭を巡ったからです。

 落ち込み出すと、他の人の一言一言が気になる。夫が母親と電話していて、「何かあっても息子たちは大丈夫だ」と言っているのを聞いて、落ち込んだり。後でよく考えると、「家のことはいいから治療に専念しなさい」ということなんですけどね。

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 手術して2日ぐらい、かな、3日ぐらいかな、やっぱりおっぱい見ることができなかったですよ。

 先生に「傷どうですか」と聞かれて、「まだ、見てないです」と答えたら、「見てください。傷を見て、現実を受け止めることが、最初のリハビリだから」と。

 一時退院するときも、「1回は外食もしてきてください。外に出られる気持ちになって、次の検査に来てください」。それは、引っ込み思案にならないようにということでした。

 特に、女性のがんは、性そのものにかかわるから、引っ込み思案になりやすい。そうすると、治るスピードも遅くなっちゃうんです。

 一時退院したとき、家族と散歩したんですよ。

 日曜日だったので、歩いても歩いても、お店が開いてなくて、結果として、インド料理を食べたんですよ。すごく楽しく、おいしかったんですよ。手術を受けてから、2度ほど吐いたり、手術の所が痛んだりして…。不安で、体調も悪いことがあったので、洋服選んで外出して、お店でメニューを選んで、という些細(ささい)なことが、どれだけうれしかったことか。

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 あと、やはり家族の支えは大きい。特に主婦にとってはね。夫や子供の自立が妻や母親への何よりの愛情よ。

 上の子は留学先のアメリカから駆けつけて、手術に立ち会ってくれました。下の子は、学校から直接、病院に毎日来てくれて、一緒にテレビ見て、食事しようっていってくれて、いつも通りの生活をしてくれて。

 上の子供や夫は代わる代わる家事をやってくれたので、無理せず、徐々に復帰できたのが良かったと思いますね。

 はじめは、仕事や家事があるので、わがままも言えないと思っていたんですが、夫が「神経質になりなさい」といってくれて、非常に気が楽になりましたね。

 がんは、つきあいが長くなる病気なので、正直にならないとしんどくなりますよ。いつ具合が悪くなるか分からない部分もあるから、隠しながら仕事をできない。精神的にも負担になる。

 隠さないでよかったのは、たくさんの方が「実は私も」「私の妻も」って、私の太陽になってくれようと、どんどん声を寄せてくれたんです。

 手術後は、今こういう風になっているでしょう、放射線治療はこうなるとか、ホルモン治療をするとこうなるよとか、教えてくれるので、先のことがイメージしやすい。未知であることが一番怖いですものね。

 経験のある人が支えてくれている、ひとりじゃあないと感じます。がんは、治療だけでなく、心のケアも必要だと、本当に思います。

 例えば、「アグネスも公表したから、私も友達に告白したら、『なんでもっと早く言わなかったの、力になってあげたのに』と言われた」とか。あー、お互いさまだと。

 声の多さに、20人に1人が乳がんになる時代だと、改めて認識しましたね。だから、自分も誰かを支えなくてはいけないと。今、命のリレーという言葉を実感しています。

 夫は「人の希望になるんだったら、少しでも長生きすることだよ。それが、これからのアグネスの仕事だよ」といってくれました。

 いろいろ体験を聞くと、がん患者の事情はさまざまです。でも、「アグネスもがんになったんだから」と思って、命のリレーに参加してくれるといいなと思ってます。

(2007/10/26)