産経新聞社

ゆうゆうLife

医師、坂下千瑞子さん(41)


 ■がん闘病中に目指した笑い療法士という仕事 患者に免疫力と希望を

 暗くなりがちな病院などで笑いをもたらし、患者らの自己免疫力を高める手助けをする「笑い療法士」の認定式が東京都内で行われ、約80人の笑い療法士が新たに誕生しました。総代を務めたのは、自らもがんを患う医師、坂下千瑞子さん(41)。坂下さんに、笑い療法士を目指した動機などについて聞きました。(清水麻子)

 2年前、背骨にがんが見つかりました。私たち家族は当時、医師である主人の留学についていく形で、米国に住んでいました。私も、主人の研究先に近い大学で研究を始め、希望に満ちていたときだったのでショックでした。

 一番、気がかりだったのが娘、千博(ちひろ)(5)のことでした。

 娘を悲しませる結果にだけはしたくなかったので、米国と日本、どちらで治療したらよいか迷いました。

 そんなとき、米国の医療事情にも詳しいかつての上司が、納得できる環境で治療を受けるよう勧めてくれました。米国は訴訟社会ですから、手術は「やりすぎない」が基本。患者が希望しても、「ここまで」と言われれば、完治できません。娘のためにも完治しようと、帰国して治療する決意をしたのです。

                  ◆◇◆

 帰国後、大学病院で手術し、がんを取り切り、これで治ったと喜びました。ですが、昨年6月、今度は腰骨に転移が見つかってしまいました。

 落ち込みました。もう再発はしたくなかった。転移した腰のがんを、重粒子という特殊な放射線で治療し、その後、抗がん剤治療を半年ほど続けました。 

 でも、この治療がとてもつらかった。気持ちが悪く、いかにも毒を全身に入れられる感じで。副作用で髪も抜けました。

 再発の不安と闘いながら、命や死と真剣に向き合いました。同じ気持ちを抱える患者仲間と語り合い、一緒にこの不安を乗り越えたいと思いました。

 そんなとき、がん患者が勇気と希望を持って歩き、病気について語り合うチャリティーイベント「リレー・フォー・ライフ」をテレビで見ました。がんを持っていても、力強く生きる人の姿を見て感動しました。そして、実行委員を志願しました。がんという病気を経験したからこそ、何かができる。ほかにも新しいことを始めようと、希望に満ちている自分がいました。

 そのころ、地元の大分で「癒しの環境研究会」の全国大会が開催され、笑い療法士の方々の話を聞く機会がありました。

 入院のストレスを痛感していた私は、同じ病気を抱える仲間の不安を減らし、治癒力も上げられたらと、早速、応募用紙を取り寄せ申請しました。

 そんな矢先。今度は腰の別の場所に転移が見つかりました。昨年、抗がん剤までしたのに、再々発するとは…。

 今年7月から、再び前回と同じ、重粒子と抗がん剤治療を始めました。認定式の4日前まで入院生活で、ベッドで毎月3〜4枚のリポートを書くなど、大変でしたが、晴れて認定されて感無量です。

                  ◆◇◆

 入院中は、できる限り、周囲の人に話しかけるようにしています。持ち物などを口実に、「それ、かわいいですね」とか、ちょっとしたことをきっかけに知り合いになる。お話をしていると、大変な状況に置かれている方も、心の中に必ず希望の種が見つかり、笑いの花が咲きます。どんな方でも笑うことができると知ってもらいたい。そういう方こそ、楽しいことを考える時間が必要だと思います。

 同じ部屋に、いろんな治療法を試したものの、治らず、落ち込んでいるがんの女性患者さんがいました。「これ以上、治療法がないのよ」と、うなだれる彼女に、「いやいや、まだ笑い療法がありますよ。笑って免疫力を上げて闘いましょう」と返すと、表情が明るく変わり、「ああ、そうね。ははは」と笑ってくれました。

 うれしかった。心を癒やす笑いがあれば、つらいことも乗り切れる気がします。

 もう一つの心の支えは、やはり家族。特に、娘の力が大きいです。髪の抜けた私を見て、娘は「ははは、かわいい」、主人は「だいぶ、いったね」と笑ってくれて(笑)。娘は純粋に、私が元気になることを願い、笑わせてくれます。とても癒やされます。私にとって、娘は「ちびっ子笑い療法士」です。

 娘が最近、「大きくなったら笑い療法士になる」と言い始めました。娘がひとり立ちするまで、その成長を横で見守りたい。がんと闘いながら、笑いながら、力強く生きていこうと思っています。

                   ◇

【プロフィル】坂下千瑞子

 さかした・ちずこ 昭和41年、大分市生まれ。平成4年、大分大学医学部卒。同年、東京医科歯科大学第一内科に入局し、血液内科学を専攻する。平成16年、米・ペンシルベニア大の血液内科にて研究をはじめるも17年、骨軟部肉腫(にくしゅ)を発症する。

                   ◇

【用語解説】笑い療法士

 病気などで弱りがちな人の心の支えになり、自己治癒力を引き出したり、介護施設、家庭や学校などで周囲を明るくして発病の予防をねらう。「癒しの環境研究会」(代表世話人・高柳和江日本医科大学准教授)が書類選考の上、2日間の講習などを経て認定する。これまでに医師や看護師、会社員や主婦ら約300人が認定された。詳細は、同会(メールiyashi@nms.ac.jp)

(2007/12/07)