産経新聞社

ゆうゆうLife

故遠藤周作氏夫人 遠藤順子さん(80)(上)

(瀧誠四郎撮影)


 ■2つの難病2人で解決/喜びつかの間腎臓病に/看病も過酷な腹膜透析

 没後12年たった今も根強い人気を誇る作家、故遠藤周作氏(享年73)。旺盛な創作活動とは対照的に、若いころから病弱だったそうです。結核から肝臓病、腎不全を併発する過程を、懸命な食事療法で支えた順子夫人(80)に話を聞きました。

(永栄朋子)

 結婚したとき、主人はすでに結核で、胸に空洞が3つあいていました。当時、結核は死病。占いの人に「結婚したら、一生看護婦ですよ」と言われまして。魅力もヘチマもなかったんですけれども、(結婚したのは)ご縁でしょうね(笑)。

 主人はとにかく、体の弱い人でした。にわか雨に降られるでしょう? うちに戻って、すぐに温かいお風呂に入って、温かい物を食べて。それでも翌日、「昨日の雨で風邪をひいたらしい」と言う。こちらは「ほらほら始まったぞ」と。

 結婚当初、結核は小康状態で、このまま休火山で行くかなと甘い見通しがあったんです。ところが、子供が生まれて3年目に休火山が爆発しまして。3年半の闘病生活で3度手術をし、肺葉を切除しました。

 退院時に、先生が「これからはどんどん栄養をつけてください」とおっしゃったから、そのつもりでいたら、栄養をつけすぎてしまったのね。50歳になるころ、糖尿病になってしまったんです。

 食事療法を始めましたが、今日のカロリーはこれだけと計算しても、主人もお酒好きですから、外で飲まれたら、分からない。その分だけ栄養過多になってしまって。お酒の飲み過ぎもあったのか、肝臓病も併発してしまいました。

                   ◇

 糖尿も肝臓もややこしい病気でしょう? どちらも食事療法が必要ですが、糖尿は低カロリーがいいのに、肝臓はタンパク質を多く取らなきゃいけないので、糖尿病食より高カロリーになるんです。そのせめぎ合いをどこで取るか悩みました。

 でも、あるとき主治医が「肝臓も糖尿も数値がとってもいい。グッドコントロール」とおっしゃったの。主人と「2人で努力して、2つの難病を解決したわね」と、手を取り合って喜びました。

 ところが、1週間後、主治医が「腎臓の数値がとても悪い。もう1回検査したい」と。検査結果は予想以上に深刻で、主人は入院しました。平成4年、主人が69歳のときでした。

 入院先に普段飲んでいる薬を持って行ったら、そのうち、鎮痛剤は腎臓に重篤な障害を起こす可能性があるとして、厚生省が注意喚起していることが分かりました。しかも、主人はその鎮痛剤を睡眠薬代わりに、毎晩飲んでいました。人工透析は時間の問題と言われました。

                   ◇

 7年間、毎月欠かさず検査してもらいながら、こんな結果になって。主人も「しくじった」と残念だったと思います。私どもも、内科の先生なら、肝臓が専門でも、内科全般を気にかけてくださると思っていたものですから…。

 退院後、再び食事作りに励みましたが、糖尿病食づくりが10難しいとすると、腎臓病食づくりは100難しい。タンパク質がだめなので、おいしいものは何も食べられないんです。結局、半年ほどで透析になってしまいました。

 主人は「家で寝ながらできる」といううたい文句の腹膜透析を勧められました。でも、寝ながらなんて、とんでもない。

 私は病院で機器の扱いを習っただけで、病人と機器を渡されてしまいました。扱い方が悪いと、透析中の真夜中に機械が「ビー」と鳴るんです。だけど、何が悪いのか分からない。腹部の管と機械の管をつなげる際も、先端に触れると雑菌が入ってしまう。毎回、真剣勝負でした。

 透析は毎日、夜の10時から朝の8時まで。最初の年はまだ、透析で老廃物が取れましたが、老廃物の出がだんだん悪くなるんです。70代の主人はもちろん、看病する側にも腹膜透析は過酷でした。私は昼間寝るわけにもいかないので、2時間睡眠の日が続きました。

 そのころ、海外での腎臓移植を勧めてくださる方がいました。主人は信頼する神父さんに相談しました。神父さんは「フィリピンあたりの貧しい人が、家族を養うために売った腎臓ではないか」と反対なさったんです。主人も「おれはもう十分生きた。そうまでして生きたくない」と。

 それを聞いた息子が「なら、自分の腎臓ひとつをあげるよ」と申したんです。主人は「これから2人の子供を育てていくのが、お前の義務だろう」と、断りましたが、本心では息子の気持ちがうれしかったようです。

                   ◇

【プロフィル】遠藤順子

 えんどう・じゅんこ 昭和2年、東京生まれ。慶応大仏文科在学中に遠藤周作氏と出会い、30年結婚。「主人には『心あたたかい医療』『死は終わりじゃない』『日本人の心に届くキリスト教』の3つの推進を遺言として託されたと思う」と語る。著書に「夫の宿題」(PHP)など。胎児の健やかな成長を目指すNPO法人「円ブリオ基金センター」理事長。

(2008/03/06)