産経新聞社

ゆうゆうLife

作家・栗本薫さん(55)(上)


 ■苦労した膵臓がん手術 優先順位つけるように

 人気作家の栗本薫さん(55)は昨年末に突然、膵臓(すいぞう)がんに見舞われました。以前に乳がん手術を受けた栗本さんですが、「比べものにならないくらいに大変でした」と苦労を振り返ります。手術、入院という経験を経て、「本当に自分にとって必要なことの優先順位をつけられるようになった」と話します。(佐久間修志)

 がんが発覚したのは昨年11月中旬。

 化粧中に鏡を見ていて、目の中の白い部分が黄色いことに気づいたのがきっかけです。「もしや黄疸(おうだん)では」と思って、かかりつけの医者に行ったら大学病院を紹介され、そのまま入院となりました。

 少し前から、体中がかゆくなる症状があり、ベッドで一晩中、体をかきむしるほどだったんですが、その時は何かのアレルギーかと思っていました。黄疸の症状にかゆみがあると知っていたら、もっと違っていたのでしょうが。

 そのころは割と「不健康」な生活を送っていました。10月末に(自身が出演する音楽の)ライブがあり、リハーサルやら何やらで忙しかったんですよ。しかも、9月には母親の引っ越しもあり、手続きやなんやでストレスがたまっていた時期でした。

 大学病院に行ったらカンファレンス室に呼ばれて、「膵臓に腫瘍(しゅよう)がありますね。悪性です」と宣告されました。炎症を起こしていたら大変だったそうですが、それがなかったのが不幸中の幸い。12月に国立がんセンターに入院。20日に手術を行いました。

 16年前に乳がんにかかったので、がんに対しての恐怖はそれほどなかったんです。

 術後5年生存率といいますが、本人にとってみれば、ゼロか100かしかない。それより、3年前に肝臓の数値が悪くなってからは食生活は節制していたつもりだったので、「なぜなんだろう」とは思いました。

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 乳がんと比べて、手術とその後は大変でした。医師から「何か大きな病気をしたことがある?」と聞かれ、「昔、乳がんを」と答えましたが、「それは、今回と比べたら手術のうちに入らないよ」と言われました。

 乳がんでは、若かったこともあって手術した半年後にはお酒を飲んだり、ずいぶん不摂生もしました。けれど、今回は消化器に手をつける。「1年たったら中華料理も食べていいよ」と言われましたが、そのくらい大変なんですね。

 約8時間の手術が終わり、しばらくは麻酔が効いていたので、痛くはなかったのですが、のどが死ぬほど渇きました。のどがかすれて声が出ないのに、水を飲ませてもらえない。綿棒で唇を少し湿らせてくれるんだけど、飲み込んではいけないんです。これが一番きつかったですね。結局、水が飲めたのは1週間後、食事は10日後でした。

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 手術後は生活が一変しました。遅くても夜は8時半には寝るようになったし、食べ物も脂っこいものは気持ち悪い。もう、お酒も一生飲まないかもしれません。

 もっと変わったのは、物事に対する考え方ですね。いつ病気になるか分からないと思うと、今やるべきことの優先順位を考えてやるようになったかな。

 以前は大事なもの、おいしいもの、好物を最後に取っておくほうでした。例えば、着物が好きでよく着るのですが、以前なら「よそ行き用」と「普段用」を分けていました。でも今は、そんなもの関係なく、着られるあいだに全部着ちゃおう、と(笑)。これまでならためらうようなこともできるようになりました。

 物が捨てられるようにもなりましたね。これだけ生きていると、いろいろ物がたまってくるのに捨てられなくなる。思い出の品とかなら、なおさらです。

 でも、人間はいつ死ぬか分からない。私よりも元気だった人が事故にあって死んだりする。そう思うと、「自分にとって余分なものはどんどんそぎ落としていこう」という気持ちになりましたね。

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【プロフィル】栗本薫

 くりもと・かおる 昭和28年、東京都生まれ。53年に「ぼくらの時代」で江戸川乱歩賞受賞。ミステリーやSF、時代小説など、多くのジャンルで作品を発表している。代表作は「グイン・サーガ」「魔界水滸伝」など。「グイン」は現在120巻を数え、英、独、仏語などにも翻訳されている。評論家・中島梓としても知られる。8月に「がん病棟のピーターラビット」(ポプラ社)を発売予定。

(2008/05/29)