産経新聞社

ゆうゆうLife

東大名誉教授、辻村明さん(81)(上)

辻村明さんと三女のすず子さん、妻の●(=功の力を刀に)子さん(左から)


 ■生活には刺激が必要だ 「デイ」の楽しさを知る

 東大名誉教授の辻村明さん(81)は妻が認知症で要介護度3、自身も要介護度1で2人暮らしを続けています。娘の手助けで、妻は“主婦の砦(とりで)”である台所に立って家事を続け、辻村さんも朝食作りなどをするようになりました。介護が必要になって開眼したのが、デイサービスの楽しさ。「生活には、刺激が大切」という辻村名誉教授の話を2回に分けてお送りします。(北村理)

 家内、●子(のりこ)(80)の様子に変化がみられたのは、4年ほど前。三女が歩いて数分のところに住んでいるのですが、私が「このごろ、おばあちゃんの炊くご飯が硬くて食べられない」と訴えはじめたころです。

 2人用の小さい電気釜に、3人の子供と5人で住んでいたころと同じ量の米を研ぎ、水加減も合っていなかった。専業主婦を長年、続けてきた家内の砦である台所で、異変が起きるようになっていきました。

 その後、食事の支度中に「何をどうしたらいいのか、分からなくなった」と泣き出したり、会話に繰り返しが多くなった。直前に話したことも分からなくなり、認知症の症状が見られたので、娘と2人で医師の診断を受けに行くことになりました。ちょうど、娘はそのころ、親の介護を予想して、ヘルパー資格を取ったところだったんです。

 結果は、アルツハイマーではないが、年齢以上に脳の萎縮がみられるということでした。主治医が「家庭のなかで居場所がなくなると、症状が進行する可能性がある」と助言してくれたので、台所などの家事、庭の手入れがしやすいようにリフォームをしました。

 娘たちに協力してもらい、妻が、主婦として居場所を確保できるようにしています。夕食の支度は、娘たちが夕方、家内を連れ出して近くへ買い物に行き、一緒にしてくれます。

 洗濯は主婦の仕事だという認識は今もあって、洗剤を入れ忘れたり、紙パンツを洗濯機に入れたりする失敗は時々ありますが、風呂の後に洗濯をして、夜のうちに廊下につるすところまでしてくれる。日によって、したり、しなかったりもありますが。

 朝起きて、顔を洗おうとすると、お湯をわかしてくれたりもする。不思議なことに、ガスのコンロの元栓を閉めるのは忘れませんね。長年、家を守ってきた主婦の習い性なのでしょうか。

 私はこれまで、ほとんど家事に手をつけませんでしたが、今では朝食の用意はします。スクランブルエッグとソーセージ、サラダ、トースト。ワンパターンですが。また、横浜市はゴミの分別が厳しいので、家内には無理があり、私がやることにしています。

 家内の症状は一進一退しましたが、今は落ち着いているようです。トイレも風呂も一人で行ける。自信を取り戻したのか、家事にも積極的になりました。

 認知症騒動のあった一昨年、家内は胆石から胆のう炎を起こし、40日ほど入院。私は昨年、悪性リンパ腫だと分かるなど、厳しい状況が続きました。

 家内は長期の入院で、心配された認知症の進行はなかったものの、食事が取れなくなり、私も心労で食欲がなくなり、体重を落としてしまいました。

 幸い、胆のう炎の方は、内視鏡で胆石を取り、体への負担は小さくて済みました。私のリンパ腫も、それほど進行するものではないらしく、今後は検査のみで、無理な治療は避けることができました。

 長年家を守ってくれた家内が病と闘うようになり、私が家事をしはじめ、家内のしてきたことがいかに大変だったか分かるようになりました。実は、私たちは30年近く前、白血病で22歳の次女を亡くしました。家内の苦労は並大抵でなかったと思います。大学紛争でできなかったゼミの補講を自宅でしたこともある。家内は時に50人もの学生たちの世話もしました。

 今、一時期の危機は乗り越え、ふたりの生活も安定してきています。特に、元気を回復したきっかけが、デイサービス。私が気に入って2人で通い始めたのです。

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【プロフィル】辻村明

 つじむら・あきら 大正15年、静岡県浜松市生まれ。社会心理学者。東大教授、東北女子大学長などを歴任。本紙正論メンバー。著作に「戦後日本の大衆心理 新聞・世論・ベストセラー」(東大出版会)など。今年11月、「大いに笑い、大いに歌う 東大名誉教授、デイ・サービスに通う」(日経新聞出版社)を出版した。

 ●=功の力が刀

(2008/12/25)