産経新聞社

ゆうゆうLife

東大名誉教授、辻村明さん(81)(下)

介護施設でデイサービスを楽しむ辻村さん(右から2人目)と、妻の●(=功の力を刀に)子さん(左端)(提供写真)


 ■いろいろな人との交流が刺激となり健康のもとに

 東大名誉教授の辻村明さん(81)は、認知症で要介護3の妻、●子(のりこ)さん(80)とデイサービスに通うのが楽しみといいます。100歳に届く高齢者が活発に歌い、笑うことに驚き、「元気に生活するには、プロのケアを受け、引きこもらず、いろいろな人と交流することが大切」という辻村さん。自身も日々の刺激を積極的に楽しんでいます。(北村理)

 私がデイサービスと出合ったのは2年前。家内が認知症で要介護3と診断され、私の負担を心配した三女、すず子の勧めで見学したのがきっかけです。三女は家内がデイサービスを利用している間、私が仕事をする時間が取れるように、と考えたようです。

 ところが、私が気に入ってしまった。私も悪性リンパ腫などを経て要介護1なので、今は家内が週3回、私が週2回、介護保険を利用して通っています。

 三女は今になって「気難しいから、ほかのお年寄りに交じってゲームや手遊びに興じることなんて、『ばかにするな』と怒ると思っていた」と言っていますが。

 しかし、見学に行った施設での光景は、想像を超えていました。まず、80歳に手が届こうとする私たち夫婦が、利用者の中で一番若かったことが新鮮でした。そして、何より、100歳を超えた方々がはつらつとゲームに興じ、大きな声で歌を歌ったり、笑ったりしていることに驚かされたのです。

 利用者が10人程度と小規模施設のせいか、介護員らは、私も含め、長い人生を送ってきた個性豊かなお年寄りの居場所をつくるのがうまい。個性をよく観察し、把握して、無理なく交流に引き込み、利用者が毎日、満足して帰り、翌日また、施設に足を向けるよう意欲をもたせる。

 たとえば、無口な人にはタイミングを見計らって、すり寄って話しているし、私のような議論好きには、黙って耳を傾けるだけでなく、思わぬ方向から議論を挑みかけてくる。時には、二の句がつげなくなるほどで、笑ってしまうこともあります。

 ゲームや手遊びは他の施設と大差ないようですが、そこでは利用者や介護員が、いかに参加者全員が楽しめるか、知恵を出し合っている感じです。百人一首の坊主めくりをしても、勝ち負けを競うだけでなく、たとえば、私が歌の背景について、うんちくを披露すると、そこからまた話が広がるといった具合です。

 あるときは、みんなで歌を歌っていたら、ふだん無口な女性利用者が急に口を開いて歌い出した。その日は女性利用者が多く、私は好きな軍歌を歌おうとしていたのですが、軍歌は女性になじみが薄いのでは、と赤十字の看護婦賛歌「婦人従軍歌」を歌ってみました。これは明治、大正の人にはなじみのある歌で、それをきっかけに、当時の小学唱歌や軍歌を拾い出して歌うと、100歳の利用者が、分からなかった歌詞を教えてくれたりもしました。

 実は、デイサービスが歌で盛り上がるようになったのには、家内も一役買っているんです。家内は小学唱歌162曲をほとんどそらんじている。戦時中に勤労動員され、空襲で行った防空壕(ごう)で仲間を元気づけようと、よく歌ったというのです。こうした昔話に花を咲かせたりもします。

 デイサービスを利用して驚いたのは、家内も含めて、特に女性利用者は髪が黒くなり、肌の色つやがよくなっていくんです。髪が薄くなった男性もうぶ毛が生えてきたりする。介護員に聞くと、家から出てデイサービスに足を向けることが、適度な緊張と達成感を生むのでは、と言うのです。

 ほかの利用者や介護員らと元気に笑ったり、歌ったりすることで食事も進み、入浴で清潔にし、リラックスすることで健康状態も良くなる。実際、家内も髪が黒くなり、私も入院していた家内への看病や気遣いなどで減った体重が増えてきました。

 デイサービスに通い始めて丸2年ですが、体が不自由になっても、介護のプロの手助けを得て、未知の人と楽しく交わることで、慣れ親しんだ生活で知らず知らず失っていた新鮮な刺激を得ることが、健康のもとになっていると実感しています。

 私は余生をすべて家内にささげようと心に決めています。家内が起きている間は、デイサービスでしているように、一緒に歌を歌う。

 これからのことは予想がつきませんが、今は、家内の気持ち良さそうな寝息をきくと安心する。「終わり良ければすべて良し」と言いますが、多くの人の助けを借り、二人三脚でやっていければいいと思っています。

●=功の力を刀に

(2008/12/26)