産経新聞社

ゆうゆうLife

俳優、江守徹さん(64)(下)

舞台「サンシャイン・ボーイズ」に出演した江守徹さん(左)((C)パルコ)


 ■不安だった病後の舞台 女房相手にせりふ稽古

 脳梗塞(こうそく)になった俳優、江守徹さん(64)は昨年6月、1年ぶりに舞台復帰しました。この間、運動の嫌いな江守さんを叱咤(しった)激励してウオーキングに誘い、「再び倒れるのでは」と不安を抱く江守さんの地方出張にも付き添ってきたのは、妻のトモ子さん(64)です。江守さんは「弱っていたからこそ、女房の優しさを実感できた」と語ります。(竹中文)

 今、恐れているのは、また脳出血や脳梗塞で倒れるのでは、ということです。3度目を経験し、誰もいないところで倒れたらどうしよう、と考えたら不安で。

 出張のときは、マネジャーや付き人がいますが、同じ部屋に泊まり、四六時中、一緒にいるわけにはいかない。でも、地方に行くことに不安を感じていたら、何もできなくなっちゃう。

 そんなとき、女房が「わたしが、ついていく」と言ってくれたんです。ぼくが夜中、1人のときに倒れたらいけないと考えたようで。以来、地方へはほとんど一緒です。

 普段の食事も、塩分を控えめにしてくれるので、できるだけ彼女の作ったものを食べるようにしています。前は、月に半分くらいは外食でしたから。ほかにも、「水をしっかり飲みなさい」とか、「体を動かしなさい」とか。

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 ただ、「ウオーキング」は中断してしまいました。もともと、歩かないから。さぼっちゃう。忙しいのではなく、怠け者なんです。「時間は作ろうと思えば作れるはずだ」と女房は言うんです。でも、寒いし、ぼくは、ものぐさだから。

 脳梗塞から回復したばかりのころは、近所の靴屋でウオーキングシューズを買って、歩こうという意志は一応、あったんです。女房は習慣で歩くんで、誘われて。「行かないといけない」と思って、一緒に近所の遊歩道を歩いていたんだけど。

 歩きながら、季節の移り変わりを感じるとか、そういうことはありませんでした。ぼくはだいたい、歩くのがあんまり好きではないんです。

 世間の人は随分歩くのが速いですね。どんどん抜かれちゃいましたから。それまでは人の歩く速度なんて、意識したことはありませんでした。

 でも、それで体調がよくなったかどうか、分からなかった。「歩くとひらめく」とか言うけど、なかったね。つまらないなと思って歩いてました。女房と大声でしゃべるわけにもいかないし。

 仕方なく歩いてたのですが、入院後の初舞台となるニール・サイモンの喜劇「サンシャイン・ボーイズ」(20年6月上演)のけいこが始まったら、けいこが運動になると思って、だんだん歩かなくなりました。老人役だったので、運動にはなりませんでしたが(笑)。

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 けいこが始まる前は、久しぶりの舞台で、「できるかな」という思いがありました。2時間半くらい、ほとんどしゃべり続けるわけだから。1年間も芝居をしなかったのは初めてだし、それに病後だから。

 セリフを覚えるのに、努力もしました。とにかく繰り返すしかない。自宅で立ち居振る舞いもけいこしました。女房にも、相手役のセリフを言ってもらいました。これまで、そういうことをしてもらうことはなかったのですが。やっぱり、不安だったから。ハンデがあると思ったから、努力したんです。だから、他の出演者より早く、セリフも覚えました。けいこが午後からだから、午前は自宅で練習。それで、スムーズにせりふが出てきました。

 舞台の幕が下りたときは、ただ、ただ、ほっとしました。なんとかできたなという感じですよね。できたので、多少、自信にもなりました。

 今年の3月には文学座公演で演出をするんです。舞台に全力を尽くすのは、俳優も演出家も同じ。ぼくを使おうと思ってもらえるなら、ありがたいと思う。できるだけリアルにやりたいです。

 それまでには、また、歩くこともしたいです。した方がいいですよね。やらないといけないというのは、分かっているんですけれど。

 健康を維持するのは、難しいですよね。役者としても1番大事。なのに、努力できないのは、やっぱりふまじめなんですよ。

 闘病生活を支える家族は、本当に大変だと思う。ぼくは1人では乗り越えられなかった。女房の存在そのものが、支えになりました。そこにいることに感謝しています。本当に。自分の女房であることが、ありがたいと思っています。

(2009/01/09)