産経新聞社

ゆうゆうLife

歌手・今井絵理子さん(25)(上)

(撮影・矢島康弘)


 ■聴覚障害の長男に学ぶ「音楽は心で聴くもの」

 人気音楽グループ、SPEEDのボーカル、今井絵理子さん(25)は4年前、長男、礼夢(らいむ)君を出産しました。ところが生後3日目に、先天性の重い聴覚障害を抱えていることが分かります。「どんなときも、笑顔でいよう」。今井さんは固い決意で、わが子と歩み始めました。(文 篠原那美)

 この子に歌を聴かせたい−。おなかに命が宿ったことを知ったとき、真っ先に浮かんだのは「子供に音楽のすばらしさを伝えたい」という思いでした。

 胎教にいいといわれるクラシックから、私の大好きなロックまで。妊娠中は、いろんな音楽を聴いて過ごしました。曲作りもしていましたので、ギターを弾きながら「歌って楽しいんだよ」なんて、おなかに語りかける毎日。妊娠経過は順調で、平成16年10月18日に無事出産。そのときは、健康に生まれてきて当たり前、障害があるなんて、まったく想像さえしていませんでした。

 「新生児聴覚スクリーニングという検査を受けてみませんか」。医師から提案されたのは、生後3日目のことでした。

 まだ全国的に普及していない検査で、強制的なものではない、という説明でしたが、私は何の恐れも、ためらいもなく「お願いします」と答えたんです。

 ところが、1時間たっても2時間たっても、息子は検査室から戻ってきません。不安が募る中、医師から「耳が聞こえていないかもしれない」と告げられたときには、驚いたというより、なんだか、夢の中にいるような感じがしました。

                ◇ ◇ ◇

 この子は一生、ママの声すら分からないの? そう思うと、涙が止まりませんでした。ひたすら「ごめんね、ごめんね」と息子に謝り、自分を責め続けていました。

 だけど、いつまでも、泣いてばかりはいられません。呼吸をしたり、お乳を飲んだり、息子は小さな身体で、一生懸命生きようとしている。この子にとって、母親は私しかいない。その母親が泣くってことは、生まれてきたことを、否定するようなものだから。

 それに、息子は耳が聞こえなくても、目から多くの情報を得ることができるのです。それなら、なおさら笑顔でいよう。泣くのは、この日限りにしよう。息子を抱きしめながら、心に誓いました。

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 息子と向き合うために、音楽活動から身を引いて、専業主婦になろう。出産直後は、そう考えていました。

 それまでの私にとって、歌や音楽は、存在そのものというか、切っても切れない大切なもの。だけど、それをあきらめてでも、息子との時間を大切にしたいと思ったんです。

 ところが、ある出来事が、私にもう一度、マイクを握らせてくれました。

 それは、息子が生後6カ月のときのこと。何げなくギターを手に取り、弾き語りを始めたところ、息子は、おもちゃで遊ぶのをやめ、私の方をじっと見つめていたのです。

 補聴器をつけていましたから、わずかな聴力で音を聞き取ったのか、それとも、ギターを弾く私をみて、反応したのか…。どこで何を感じ取ったのかは分かりませんが、そこには確かに、楽しそうに音楽を聴く息子の姿がありました。

 そのとき「ママ、歌っていいよ」。息子に背中を押されたような気がしたんです。

 もっと息子に音楽の楽しさを伝えたい。そんな思いが、急に膨らんできました。小さな会場なら、音の振動が身体に直接、響くと思い、早速、狭いライブハウスを借りて、コンサートを開くことにしたんです。

 コンサートの当日、息子はお客さんと一緒に、ノリノリで私の歌を楽しんでくれました。その笑顔をみて、思ったんです。

 音楽って、耳で聞くだけのものじゃない。心で聞くものなんだって。

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【プロフィル】今井絵理子

 いまい・えりこ 平成8年、SPEEDメンバーとしてデビュー。12年にグループ解散後、ソロ活動を展開。16年に結婚・出産。20年8月、日本テレビ系「24時間テレビ」で長男の聴覚障害を公表。SPEED再結成を果たす。21年2月14日、エッセー「ココロノウタ〜息子と歩んだ4年間、そしてこれから〜」(1200円、祥伝社)を出版する。

(2009/01/22)