産経新聞社

ゆうゆうLife

歌手・今井絵理子さん(25)(下)

「愛してる」を意味する手話を披露する今井さん。平成20年大みそかのNHK紅白歌合戦でも、歌詞に合わせて、同じ仕草を披露した


 ■「個性」認め合う社会へ 障害者の思いを音楽に

 SPEEDのボーカル、今井絵理子さん(25)は重い聴覚障害をもつ長男、礼夢(らいむ)君(4)に言葉を教えるため、ともに口話法や手話を学び始めました。同じ立場にいる母親たちとの交流で「障害は個性。個性を認め合える社会になってほしい」という思いを強くした今井さん。息子の障害を公表し、音楽活動を通して、メッセージを発信し続けています。(文 篠原那美)

 育児で一番、頭を悩ませたのは、言葉をどう教えたらいいのか、ということでした。インターネットで調べたり、本を買いあさったりしながら、聴覚障害に関する情報を片っ端からかき集め、最初にチャレンジしたのが、「口話法」というコミュニケーション方法でした。

 補聴器でわずかに残っている聴力を使いながら、相手の口の形や動きを見て、話す内容を理解したり、同時に自ら話すことができるように発声訓練をしたりするのが、口話法。生後6カ月から、親子そろって学校に通い始めました。

 ところが、息子が2歳を過ぎたころから、親子のコミュニケーションが難しくなってきたんです。口話法でうまくコミュニケーションをとれる聴覚障害者もたくさんいますが、息子の場合、たまたま、その手段が合わなかったのかもしれません。そこで、3歳から、新たに手話を学び始めました。

 手話の学校に通い始めて、息子が最初に覚えた言葉、それは「トイレ」でした。

 実はそれまで、息子はおむつがとれなかったんです。育児雑誌には「1歳半から2歳でとれる」と書いてあり、ちょっと心配していたんですが、息子には息子のペースがあると自分に言い聞かせてきました。

 でも、息子にしてみたら、「トイレ」と私に伝えたくても、伝える手段がなかったんですよね。学校に通い「トイレ」の手話を覚え、私に初めて、それを披露してくれたときは、本当にうれしかった。「トイレって言えた。礼夢(らいむ)、すごいね」って。

 手話を少しずつ覚えるにつれ、息子が癇癪(かんしゃく)を起こすことも減りました。伝えたいことを伝えられないのって、もどかしいことだったと思うんです。私自身、分かってあげられない、つらさがありましたから。

 でも、息子は言葉を獲得することで、感情を表現できるようになりました。ただ泣くことしかできなかったのに…。その成長は母親にとって、何よりうれしいものでしたね。

                  ◇ ◇ ◇

 口話法や手話の学校で出会ったお母さん方との交流では、たくさんの勇気をもらいました。特に、お母さんたちの笑顔が印象的でした。

 たとえ障害があっても、笑顔で明るく生きよう。障害は個性。個性を認め合える社会を作ろう−。

 同じ立場にいるお母さんたちから、そんな大切なことを学んだ気がします。

 そして、私は歌を歌う仕事をしていて、そのメッセージを、多くの人に伝えられる立場にいる。子供は、親を選んで生まれてくる、といわれますが、もしそうなら、私の役割は、そのメッセージを伝えることなんじゃないか。そう思うようになったんです。

 昨年8月、テレビ番組で息子の障害を公表しました。

 そのことについては、賛否があると思います。今、私にできることは、息子が将来、成人したときに「公表してよかったね」と言ってもらえるように、母として、アーティストとして、人として、恥ずかしくない活動していくことだと思っています。

                  ◇ ◇ ◇

 息子と歩んできた歳月があったからこそ、歌手としての活動の幅も、視野も広がりました。

 今年6月に上映される、全日本ろうあ連盟製作映画「ゆずり葉」に出演することになったのも、手話の学校で知り合ったお母さんに「制作発表会に行ってみない?」と誘われたのがきっかけでした。

 そして、何より、子供に目を向けることが多くなりましたね。世界中の子供たちが、幸せな気持ちになれるような歌を作り、歌手として披露する。それが私の夢なんです。

 音楽は世界共通の言語。そして、耳だけでなく、心で聞くもの−。そのことを胸に刻みながら、これからも、歌い続けていきたいです。

(2009/01/23)