産経新聞社

ゆうゆうLife

フリーアナウンサー雪野智世さん(45)(上)


 ■43歳、子宮筋腫抱え… 思いがけなかった妊娠

 44歳での高齢出産が話題となったフリーアナウンサーの雪野智世さん(45)。子宮筋腫を患い、一時は妊娠をあきらめたこともあったといいます。流産の危機を乗り越えながら、小さな命と向き合った日々について、話を聞きました。(文 篠原那美)

 その日、病院に行ったのは、子宮筋腫の定期検診を受けるためでした。思わぬ出血があり、予約を1週間前倒しして受診することにしたんです。

 筋腫が悪化したのだろうか、それとも子宮がんでも併発したのか…。当時、私は43歳。気になることといえば、病気のことしかありませんでした。

 ところが、診察室で症状を説明すると、医師は開口一番こう言ったのです。「妊娠してるんじゃないですか?」。

 まさか、そんなこと、あるわけないじゃない。そう思いながら、超音波の検査を受けてみると、モニターに、しっかり映っていたんですね。体長2センチほどの小さな命が。

 喜びよりも、信じられない気持ちでいっぱいでした。「もう妊娠は無理かもしれない」。以前、医師から、そう告げられていましたから。

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 子宮筋腫が見つかったのは、40歳になったばかりのころ。人間ドックで腹部のCTを撮ったとき、子宮が大きいと指摘され、婦人科で調べてもらうと、直径5センチほどの筋腫があったのです。

 「出産したいなら、手術で筋腫を摘出してから備えた方がいいですよ」。医師にそう言われましたが、当時は仕事中心の生活。結婚や出産も想定していなかったので、経過観察しながら、筋腫と共存していく道を選びました。

 その後、ともに人生を歩んでいきたいと思うパートナーと出合い、医師に何気なく、妊娠の可能性について、たずねてみたんです。でも、そのときには「難しいかもしれない」という答えが返ってきて…。

 年齢や子宮筋腫のことを考えれば当然のこと。自分でも、そう思っていましたから、特に大きなショックを受けることなく、現実を受け止めていました。そんな中での、思いがけない妊娠だったのです。

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 降ってわいたような妊娠の宣告と同時に、医師から「すぐ入院するように」と指示されました。

 筋腫の悪化だと思っていた出血は、切迫流産の兆候で、とにかく、赤ちゃんのためには、安静が第一とのこと。翌日から入院生活が始まりました。

 入院といっても、治療が必要なわけではなく、ひたすら、ベッドで横になっているだけの日々。退屈でしたが、「妊娠と出産は別問題」という医師の言葉には、重みがありました。高齢に加え、子宮筋腫を抱えた妊娠では、数々のハードルを越えていかなければ、出産にはたどり着けないというのです。まずは、新たな出血を防ぐために、安静にすることが求められました。

 羊水検査を受けるかどうかという問題にも直面しました。一般的に高齢になればなるほど、子供に障害が生じる可能性が高まるといわれています。羊水検査は出生前に胎児の染色体異常を調べるもの。

 夫婦で話し合い、私たちは、この検査を受けることにしました。授かった命は、もちろん大切。だけど、高齢出産である以上、子供が40歳、50歳になるまで、私たち親は生きて子供の側にいてやることはできないと思ったのです。

 これは、倫理上、多くの議論があるデリケートな問題です。ブログで公表すると、「私も受けました」とか、逆に「ガッカリしました」など、賛否さまざまのコメントやメールが寄せられました。

 考えさせられることの多い体験でしたが、最終的には、親になる立場の人が決めること。羊水検査を受けるにせよ、受けないにせよ、まわりの意見に惑わされず、納得した結論を出すことが大事だと、今でも思っています。

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【プロフィル】雪野智世

 ゆきの・ともよ 昭和61年、テレビ朝日アナウンス部に入社。「トゥナイト」「ゴルフ中継」などを担当する。平成7年、フリーに転身。20年9月、高齢出産の経験をまとめた「出産力」(主婦と生活社、1365円)を出版した。

(2009/02/05)