■「闘病記文庫」公立図書館に設置求め運動
■混然…ジャンルを設け 心に響く「患者体験」 時代変わっても不変
患者が病気の経過をつづった「闘病記」が読まれています。ありのままの記述が同じ病の患者やその家族らの心に響くのが理由のようです。ただ、探そうとすると、分類が混然としていました。そんな書籍を集め、「闘病記文庫」を公立図書館などに設置する運動をするのが、「健康情報棚プロジェクト」の石井保志さんら。「患者の目線で書かれた闘病記は患者を勇気づける」と話しています。(聞き手 柳原一哉)
私は図書館司書ですが、もともと、「闘病記」という分類はないんですね。おおむね「手記」や「ノンフィクション」の書棚にある。でも、著者が芸能人なら「タレント本」の棚に置かれることもあり、ばらばらなんです。書名で闘病記と分からず、読んで初めてそれと分かるものも多い。
しかし、そのばらばらの闘病記を1カ所の棚に集めれば、患者の力になるのではないか。図書の日本十進分類法にとらわれず、見えにくいものを見えやすくできないか。それでこのプロジェクトに取り組み始めました。
闘病記といっても、製品の宣伝に偏っている本もあり、一筋縄ではいきません。このため、まず闘病記を「病と向き合った過程をつづった手記」と定義。メンバーが手分けし、定義に沿ってリスト化したところ計1800冊に上りました。
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闘病記に着眼したのはなぜでしょう。これは私の仕事と無関係ではありません。患者さんは情報収集のために図書館を訪れると、まず医学書や論文にアクセスする。ところが、これらは医療従事者向けなので、普通の患者さんには太刀打ちできない。消化できず、情報が得られない結果になるんです。
しかし、患者が書いた闘病記はそうではありません。主観的で、科学的ではない面もある。しかし、患者自身の体験や気持ちが書かれた本は、患者である読者の心に深く響くんです。
例えば乳がんをテーマにした本。いま、約70冊ありますが、その中には、抗がん剤によって毛髪が抜けた頭部を覆う帽子がいつから必要になったか、乳房切除の経験、その後の対処の仕方、苦悩の気持ちなどが平易な言葉で書かれている。こうした記述は医学書には決して見あたりません。
もちろん、治療の専門的なことが書かれている医学書も必要。ただ、患者にとっては、同じ目線の闘病の流れやノウハウなどの情報がさらに必要なのです。
患者は病気の情報を得て患者になるのではなく、患者になると、ゼロから情報を集め始めないといけない。その際に必要なのは、同じ患者からの情報なんです。
また、書籍を通じて先輩患者の体験を追うことで、同じ体験を持つ人同士が体験を分かちあい、精神上の安寧を得る「ピア・カウンセリング(peer counseling)」にもなります。
司書の目で見ても、闘病記は読み継がれているという印象です。医学書の内容はどんどん古くなりますが、患者の気持ちをつづった本は時代が変わっても不変なんですね。
こうした書物がばらばらに置かれているのはもったいない。闘病記文庫という形にすればアクセスしやすく、患者の力になれる。そうすることで、医師、看護師、薬剤師らの医療チームの一員に加わり、情報提供の役割を担っていると自負しています。
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リストに基づいて、メンバーが古書店を回って闘病記を収集。公立図書館に闘病記文庫設置を働きかけ、昨年6月、東京都立中央図書館(港区)に第1号ができました。
それを皮切りに大阪府立大学療養学習支援センター▽鳥取県立図書館▽聖路加看護大の「聖路加健康ナビスポット るかなび」−など、現在は全国7カ所に闘病記文庫(約280〜1000冊)があります。
分類は、がんは胃、乳房、大腸などと細分化。他に血液、脳、心、小児と内容別に12のカテゴリーに分けました。また、図書館では通常、カバーや帯は外しますが、装丁に著者の思いが反映されているので付けたままです。
ただ、これらはあくまでモデル事業。モデルを示し、全国で同じような闘病記文庫を自発的に作ってもらいたい、そんな狙いを込めています。
今後、例えば「胃がん」の棚には、闘病記に加えて介護記、患者会資料、医療過誤に関する本など、胃がんというテーマに基づいた違う種類の本を並べたい。そうして患者さんに情報の選択肢を幅広く提供していきたいと考えています。
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【プロフィル】石井保志
いしい やすし 昭和40年9月生まれ、40歳。医大の図書館司書。平成16年に、有志約30人と民間研究グループ「健康情報棚プロジェクト」を発足。「患者だからこそ患者の気持ちがよく分かる」と、闘病記を収集し、図書館などに闘病記文庫を設置するボランティア運動を展開。ネット上でも闘病記が検索できるホームページ(http://toubyoki.info/)がある。
(2006/09/15)