「置き薬の伝統医薬品は使ったことがなく、抵抗がありました。でもよく効き、今では手放せない。西洋医薬品はもう使わないでしょう」
ウランバートルの南約300キロ。ドンドゴビ県の遊牧民、プレウドロジさん(39)は驚いた様子だ。その手には、NGO「ワンセンブルウ・モンゴリア」(森祐次理事長)の置き薬箱があった。
プレウドロジさんがそう話すのも無理はなさそうだ。モンゴルでは、薬といえばこれまで、輸入医薬品。社会主義化で、伝統医薬品の生産が禁止され、もっぱら旧ソ連などからの輸入に頼ってきた。このため、伝統医薬品は途絶え、高齢遊牧民でさえ「存在を知らなかった」と話すほどだ。
モンゴルの伝統医薬品は多岐にわたるが、例えば、かぜ薬の「マン4タン」は薬草が原料だ。薬1グラムを、茶碗(ちゃわん)2杯分の羊の骨のスープで漢方薬のように煮詰めて服用。子供にも効き、プレウドロジさんも「もっと、伝統薬の種類が増えたらいい」と話す。
「生産禁止」は旧ソ連の崩壊で解かれ、99年には伝統医療の復活が国会で決議された。しかし、既に途切れた伝統は普及せず、同NGOが普及支援に乗り出した。
「置き薬として伝統医薬品を配る。病院にかかれない遊牧民が使い、その代金がさらに医薬品の生産拡大につながる。伝統を生かせば、対象となる国の文化を肯定した事業になる」と、森理事長は意義を話す。
プロジェクトが軌道に乗るにつれ、伝統復活の兆しも見えてきた。
ウランバートルにあるモンゴル韓国東洋医学センター。投薬だけでなく、食事療法や針きゅうも組み合わせた伝統医療が盛んに行われ、センターのボルド博士は「服用しやすいよう、薬をカプセルにできないか研究中だ」と力を込める。
ドンドゴビ県の総合病院でも、伝統医学センターができ、住民向けセミナーが開かれている。「もともと、モンゴルのものなので受け入れられやすい」と地元医師は言う。
伝統医薬品を使って、医療向上を目指すモンゴルの置き薬プロジェクト。来夏、ウランバートルで開かれるWHO(世界保健機関)の国際会議で事業報告される予定だ。
同NGOを支援する日本財団の大野修一常務理事は「モンゴルの例は一つの成功モデル。会議を通じてアジア各国にも知ってもらい、それぞれの国の実情にあう形で医療が向上していけば…」と期待している。(柳原一哉)=終わり
(2006/10/27)