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崩れゆく支え合い−格差時代の社会保障(1)

 ■離職ドミノ…介護

 ■施設を支える低賃金

 社会保障を支える現役世代の収入と、支えられる高齢者のサービス額に不均衡が生じています。介護施設も、働いても収入が上がらない職場の一つ。今後、要介護度の高い入所者が増えれば、職員1人あたりの手取り額はむしろ、減ることが予想されます。関係者は「社会保障は維持できるのか」と、不安の声をもらします。(永栄朋子)

 東京都内のある特養ホーム。1月末の昼下がり、フロアリーダーの加藤圭吾さん(30)は重度の入居女性(84)の食事介助をしていた。

 「はい、カンダさん、口をあけて。そうそう、ゆっくり飲み込んで」

 カンダさんはここ数日、発熱が続くせいか、口はかろうじて動かすものの目の焦点が定まらない。途中で眠ってしまうので、おかゆなどを食べ終えるのに、1時間かかった。

 「イライラするときもありますよ。でも、焦ると事故につながるから。ストレッチをして、気を紛らわせるんです」

 ホームでは約100人のお年寄りを、ほぼ同人数のスタッフが24時間体制で支える。食事の世話にオムツ交換、入浴介助…。時間は不規則で体力勝負だが、待遇は決してよくない。

 ここでは、フルタイム職員の月の手取りは残業代込みで平均約16万円。正社員でも時給制なので、休んだらその分、収入が減る。平均時給は930円。これでも他のホームに比べて「悪くない」(加藤さん)という。

 問題はこれ以上の収入増が望めないところ。時給アップは年に10円あるかどうか。その分、残業代や資格手当で稼ぐしかないが、最高でも月に25万円くらいだという。

 加藤さんは独身。「残業が苦にならない若いころの方が収入は多かった。バイトをする職員もいるし、結婚するなら共働きですね」と、苦笑いする。

 一方、入所者には職員の収入を超える介護報酬が国から支払われる。

 厚生労働省によると、特養ホームに入る介護費などは、1人平均約30万円。1割が本人負担だ。だが、特養は生活保護受給者も多い。加藤さんのホームでは約9割が生活保護や無年金の人で、30万円のほぼ全額が公費だ。

 別のある施設長は「スタッフに、妻子が養えないぎりぎりの給料しか払えないことを考えると、男性を採用するのは怖い。一方で、それを超える費用が、税金を長く納めていない人につぎ込まれている。高齢者がこれからさらに増え、その費用は若い人の保険料だと考えると、介護は支えきれないのではないかと思う」ともらす。

                  ◇

 今、多くの特養ホームの施設長が頭を抱えるのは、5年後に迫った介護療養型病床(老人病院)の再編。特養には、重度者の受け皿として期待がかかる。しかし、「重度の人が増えれば、人手も必要だ。しかし、かけられる人件費はすでに限界だから、1人分を下げるしかない」と施設長らは嘆く。東京都内の施設では、収入の平均63%が人件費として支出される。

 だが、人件費を圧縮すれば、スタッフの離職が進む。さらに、職員のモチベーション低下も懸念される。待遇の厳しい職場で働くスタッフにとって、「お年寄りとの交流こそが、働く生きがい」(加藤さん)だからだ。

 寝たきりの入所者が25%と高い、ある特養の施設長は「うちはすでに職員の離職が早い。これ以上、重い人を受け入れたら、待遇がさらに下がり、離職率は上がり、残った人の負担が増し、ドミノ倒しのように離職が増えてしまう」と嘆く。

                  ◇

 仕事が一段落すると加藤さんは、ソファの上で大声を出すイネさん(88)の脇に座りこんだ。「アーアー」と、声を発しながら、イネさんは加藤さんをたたき、ときに腕にかみ付く。

 「歯がないから痛くないんですよ。ね、イネさん」。笑いながら、加藤さんがイネさんの肩を抱いた。

 そして、「本当は最期まで家族と暮らせるのが一番いい」と話した。だが一方で、介護には家族だからこその苦しみがつきまとう、とも。「ここにいると、いろんな家族に会う。家族をホームに預け、距離感ができたからこそ、優しくなれた人も多いんです。家族介護には限界がある。社会全体で介護を支えていかなきゃと思いますね」

 いつのまにか、ひざの上で寝入ったイネさんの丸い背中をなでながら加藤さんがつぶやいた。「何も分からないように見えるけど、ここにいる人はみんな、人恋しいんですよ」

                  ◇

 介護労働安定センター(東京都)によると、正規の介護職員は平成17年末に、全国平均36歳で月給は約19万円。フルタイムの非正規職員は、平均39歳で月給は約17万円に過ぎない。

 若い世代の収入が上がらないのに、団塊世代の退職で、社会保障の支え手はさらに減る。平成17年には、現役世代3人で1人の高齢者を支えていたが、その25年後には1・9人で1人を支える見通しだ。

 ところが、「格差社会」に象徴されるように、30歳前後ではフリーターやパートが目立ち、給与所得なのに、厚生年金や組合健康保険に入れない人も。

 しかも、今の社会保障のモデルは「夫婦と子供」の標準世帯。増える単身者にとって、安定した老後は蜃気楼(しんきろう)だ。

 高齢者と現役、ファミリーと単身者、都会と地方など、介護、年金、医療の格差を切り取りながら、社会保障の行方を考える。(文中仮名)

(2007/02/05)

 

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