得ダネ情報 住まい 転職 為替
powered by goo

文字の大きさ:

 
 
 

 

icon

得ダネ情報

 
 
ゆうゆうLife
 

崩れゆく支え合い−格差時代の社会保障(2)

 □非モデル世帯…介護

 ■単身者に厳しい現実

 「団塊の世代」が、親の介護に直面しています。この世代は、厚生労働省の描く「夫婦と子供の標準モデル世帯」が多く、社会保障制度のメリットを享受できそうです。しかし、住まいが親と離れていたり、独り身だったりすると、介護を抱えたとたんに、それまでの生活を維持できなくなるのが現実です。(寺田理恵)

 独身者が介護を担うと、生活は一変する。

 認知症の母親を殺害した50代の無職男性に、京都地裁が昨年7月、執行猶予付きの“温情判決”を下した。男性は母親とふたり暮らし。介護と両立できる職が見つからず、生活苦に追いつめられて心中を思い立ち、母親は「おまえと一緒やで」と承諾したのだった。

 東京都大田区の金子美香さん(59)=仮名=には、そのニュースがとても他人事とは思えなかった。金子さん自身も独身で、母親を介護するため、勤務先の外資系企業を辞めていたからだ。

 「母の介護に、こんなにお金がかかるとは思っていませんでした。収入や蓄えは、どんどん減りましたが、母を施設に入れたくなかった。『おかゆをすすってでも一緒にいたい』と、母が言ったから…」

 豊かな表情、はきはきした話しぶりに、外資系キャリアウーマンだったころがしのばれる。しかし、母親との思い出に話がおよぶと、嗚咽(おえつ)が漏れた。

 ニュースの無職男性と違い、金子さんには、単身の自分が老後に有料老人ホームに入ろうと、ためた貯蓄と母親の年金があり、妹たちがいた。「彼に比べれば、私は幸せです」という。

 金子さんは4人姉妹の長女。努力して身につけた英語力を生かし、外資系企業の秘書として私生活もないほど働いた。仕事が生きがいで、多いときは年収が約1000万円あった。妹たちは嫁いだが、金子さんは独身を通した。

 「私たち団塊の女性は(仕事の)ポジションか家庭かの選択しかなく、私は結婚に夢がもてなかった」と金子さん。団塊の女性たちは、学生時代を男子学生と対等に過ごしたが、社会に出ると活躍の場が少なく、多くが家庭を選択し、モデル世帯を形成した。

                   ◇

 仕事を選んだ金子さんだが、平成15年に母親ががんになり、要介護1の認定を受けたのをきっかけに仕事をやめ、自分で母親を介護しようと決めた。

 当時、母親は81歳で1人暮らし。金子さんも独立していたが、余命が何年もない母親と一緒に暮らそうと思ったのだ。両親が離婚していたこともあり、金子さんにとって母親は「人生をシェアしたパートナー」だった。

 金子さんの収入は途絶えたが、自身の留守宅であるマンションの管理費や固定資産税、生命保険の掛け金などに毎月約10万円の支出があった。「もし、母より先に自分が死んだら…」と思うと、生命保険も解約できず、蓄えは減っていった。

 しかも、勤めを辞めたため、国民健康保険(国保)と国民年金に加入して、自分で保険料を納めなければならなかった。前年の収入で決まる国保の保険料は、最高額の53万円。とても払えず分割払いにした。国民年金の保険料も、年金額が減るのを覚悟で免除の手続きをした。貯蓄があったことと、住宅ローンを完済していたことが幸いした。母親自身の生活は、母親の共済年金で賄うことができた。

 介護生活2年目から、訪問ヘルパーが来る週3日は、妹3人に交代で手伝いに来てもらい、金子さんはパートで働きに出た。夜は自宅で翻訳チェックの仕事もしたが、それでも月収20万円には届かず、生活は苦しかった。

 追い打ちをかけるように、母親が17年1月、体調を崩して緊急入院。その後、認知症が始まり、要介護度が1から5へと重度化した。母親の介護保険受給額も、月額約17万円から一気に増えて約36万円に。その1割負担の4万円のほか、在宅医療費に3万円もかかった。

                   ◇

 訪問ヘルパーに来てもらっても、母親が熱を出せば、仕事中の金子さんに電話がかかってくる。妹がみているときも、母親が体調を崩すと、主治医への連絡や、介護事業所への予定変更の連絡のため、金子さんが帰宅しなければならなかった。

 「今の介護保険では、家族が介護に専念しないと、在宅が続けられません。大事な仕事の予定があっても、母の具合が悪いと帰るしかなく、収入は減っていきました」

 しかし、在宅介護を続けたことで、母親は昨年11月に亡くなるまで、チューブでの栄養摂取に頼らずに済み、金子さんの介助で大好きなメロンも口にできた。最期は妹たちと、その夫や孫たちに囲まれて亡くなった。

 「あと10年続いたら、『私の人生は何だったの?』と思ったかもしれないけれど、今は母との楽しい時間が持てたと思えます。これから70歳まで働くわ。きっと母が守ってくれるから」と金子さんは前向きだ。

 貯蓄が減り、老後の生活設計は大きく変わったが、悔いはない。新年早々、経験を生かせる仕事を求めて就職活動を始めた。

 寝たきりや重い認知症の高齢者が在宅で暮らすには、介護保険のサービスだけでは十分でない。厚生労働省の国民生活基礎調査(平成16年)によると、要介護5の高齢者を同居で介護する人の過半数が「ほとんど終日」介護に費やし、介護に専念できる家族がいないと、在宅介護が難しい現実が浮かび上がる。

 「介護か」「自分の生活か」−。モデル世帯からはみ出した単身者は、苦しい選択を迫られる。

(2007/02/06)

 

論説

 

 
 
Copyright © 2007 SANKEI DIGITAL INC. All rights reserved.