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崩れゆく支え合い−格差時代の社会保障(3)

 ■増える単身者…介護

 ■続けられない仕事

 結婚しない若者が増えています。「夫婦と子供の標準モデル世帯」をはみ出した彼らが親の介護を抱えたとき、今の制度では「介護か」「自分の生活か」の選択を迫られます。親を介護施設に入れて働こうにも、入所できるとはかぎりません。家族形態が多様化したいま、「標準モデル」が問われています。(寺田理恵)

 独身で父親の介護を経験した神奈川県の鈴木順一さん(47)=仮名=の自宅には両親の遺影が飾られ、仏壇はちり一つなく磨かれていた。

 父親は昨年5月に亡くなったが、病院のベッドに縛り付けられた父親の姿が、今も鈴木さんの目に焼き付いている。

 「私が病院に行けば、身体拘束が解かれる。救いを求めるおやじの、あの目を見ると、5分でも早く行かなければと思いました」と話す。

 鈴木さんの人生の転機は20年近く前、バブル景気がピークのころだ。

 30歳を迎えようとしていた鈴木さんは起業したが、2年ほどで立ち行かなくなった。自身も苦しい時期、まだ若かった父母が相次いでがんで倒れた。母親は亡くなり、父親は度々入院するようになった。

 60歳近い父親を独りにできず、かといって経験を生かせる再就職先は遠方ばかり。実家に残るため、派遣社員として働く道を選んだ。

 「家を離れるのが難しかったのは事実ですが、介護のためというと、きれいごとになる。再起を図るため、中途半端な就職をしたくない気持ちもありました」。鈴木さんは率直に語る。

 介護生活に大きな変化があったのは平成17年3月。脳梗塞(こうそく)で父親が倒れたときだ。救急搬送の翌日、病院を訪ねると、父親は両手足と胴をベッドに縛り付けられていた。支離滅裂な行動が出る「譫妄(せんもう)」が起きたのだ。

 譫妄は、病気や入院などをきっかけに起きる一時的な状態。当初、病院側は「2週間程度で終わる」と説明したが、治まる様子はなかった。

 「壁に穴を開けた」

 「汚物を投げつけた」

 病院から、仕事中の鈴木さんに度々、電話がかかってきた。譫妄は状態が良くなったり、悪くなったりの変化がある。鈴木さんが駆けつけると、30分ほどで状態が落ち着き、拘束を解いてもらえた。このときから、鈴木さんの生活は介護を中心に回るようになった。

                   ◇

 父親は要介護4の認定を受けたが、病院には介護の担い手はいない。治療を要する急性期が一段落すると、退院しなければならない。リハビリが必要だが、譫妄があるため、受け入れてくれるリハビリ病院は見つからなかった。

 2カ月後、ようやく入れたリハビリ病院でも、まだ若くて体力のある父親は問題行動を繰り返した。退院を求める病院側との話し合いに時間がかかり、鈴木さんは長期休暇をとった。

 父親は結局、精神科病院に移ったが、トラブルはやまなかった。

 「急性期だし、ふだんは車いすでも、つかまり立ちができる。精神状態が落ち着けばリハビリができ、回復するはず」

 こう考えた鈴木さんは、病院側に「薬で落ち着かせるとリハビリができない。身体拘束もやめてほしい」と交渉した。その代わり、父親に付き添ってくれるヘルパーを、介護保険外の自費で雇った。譫妄が起きやすい夕食後の午後6〜8時は、鈴木さんが必ずそばについた。

 この病院でやっと、「器質性脳障害」と診断がついた。ヘルパーが話し相手になってくれたのが功を奏したのか、父親は半月ほどで落ち着き、リハビリをスタート。約4カ月で在宅が可能になるまで回復した。

 この間、月に医療費約25万円とヘルパーを雇う費用約30万円がかかり、父親の蓄えや年金を充てた。蓄えは減ったが、洗面台につかまり立ちをして歯を磨く父親を見て、今後の生活に希望を抱くことができた。

                   ◇

 喜んだのもつかの間、自宅に戻った直後、父親の体が硬直した。

 再び、緊急入院。リハビリができる転院先探し。介護施設や老人病院、精神科病院を何カ所もあたったが、精神状態が悪く、医療必要度も高い父親は、介護施設に受け入れてもらえなかった。病院は見学すると、尿のにおいがしたり、療養病床削減の影響でリハビリどころではなかったり−。

 1日2カ所を見学するのが精いっぱい。当初3カ月の予定だった休職がどんどん延び、職場には戻る場所がなくなった。

 バブル崩壊後の不景気に介護が重なり、時代は味方しなかった。しかし、鈴木さんは何とか父親にとっていい方法をと、介護時間の多くを病院との交渉に費やした。父親は肺炎のため、74歳で転院先の病院で亡くなった。

 鈴木さんは「1人で介護すると負担がきつい。介護者が倒れるか、仕事でポカをやらかすか…。経験のない人には理解できません。主婦でも単身者でも、介護する側の精神的なケアが必要です。単身者は地域とのかかわりが薄く、家族の支えもないので、1人で抱え込んでしまう」と、介護者をケアする必要性を訴える。

 晩婚化が進み、国勢調査によると、20代後半から30代の未婚率は、昭和50年ごろから大きく上昇している。鈴木さんと同世代の45〜49歳男性でも、未婚率は平成2年に6・7%だったのが、17年には17・3%にアップしている。「標準モデル世帯」を想定した仕組みが、社会保障の格差を生み出している。

(2007/02/07)

 

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