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崩れゆく支え合い−格差時代の社会保障(5)

 ■支え手の脆弱化…雇用

 ■その日暮らし、払えぬ保険料 

 日雇いの仕事で食いつなぐワーキングプア(働く貧困層)は、「格差社会」の象徴。日払いで寝泊まりできる施設に住むフリーターも増え、彼らの多くが医療や年金などの社会保険料を負担できずにいます。将来に不安を抱えるだけでなく、社会保障の支え手としても、もろくなる現役世代。その日暮らしの男性を取材しました。(柳原一哉)

 東京・池袋−。JRや私鉄各線が重なる都心のターミナル駅。日に乗降客200万人以上という人の波が続く。明治通りから1本入った雑居ビルに「レストボックス」がある。1日の寝床を格安で提供し、その日暮らしの若者を中心に利用者が増えている。

 15坪のフロアに2段ベッドが並び、最大13人を収容する。便所、洗濯機、台所、冷蔵庫、シャワーは共同利用で、割り当ての「城」はベッドスペースのみだ。枕上のロープに洗濯物をかけ、ベッド下には靴やかばんが押し込まれている。

 東京・山谷には「ドヤ」があるが、ここはカタカナで「レストボックス」。利用者の大半が日雇いの仕事で食いつなぐ20代〜30歳代のフリーターだ。利用料は1日1780円。その日のバイト代で支払える設定になっている。

 「疲れ切っていますからね。居心地がいいとか悪いとかないですよ。寝られれば…」

 住人の一人、高山晴彦さん(38)=仮名=は昨年12月に住み始めた。長野県から仕事を求めて上京、アルバイト派遣先の紹介でたどりついた。クリスマスも正月もこのベッドで過ごした。「いつまでも、ここにいたくない」。強い言葉とは裏腹に、声に力がこもらない。

                 ◆◇◆

 高山さんは約20年前、東京の調理師学校に入ったが、いじめで中退。帰郷し、飲食店、建築、旅館、スーパーなど、「30回ほど仕事を変えた」。その都度、身分は正社員やアルバイトに。30歳で住宅販売会社に正社員として勤め始めた。「福利厚生がしっかりしていた」(高山さん)からだ。

 「仕事は順調で年収も600万円くらい。結婚にも踏み切れた。妻の連れ子と、新たに生まれた子供の6人家族になっても、やっていけた」。だが、その後、営業成績が悪化し、歩合給も激減。「居心地が悪くなり、これ以上、会社にしがみつけない」と退職。35歳だった。

 「甘かったんですね。35歳を境に、正社員の口はほとんどなくなった」。やむなく、モーター製造工場の派遣作業員になり、新聞配達のアルバイトもして月収24万円。しかし、生活は厳しくなる一方だった。

 そんなとき、折り合いも悪くなっていた妻から「離婚すれば、私は生活保護を受けられる」と切り出された。それを機に、蓄えを持たずに、単身上京した。「日払いで住める所と日雇いのバイトが必要だった」。レストボックスにたどりついた軌跡を、そう説明する。

                 ◆◇◆

 高山さんは連日、建設作業や廃材整理、足場組み立てなどの日雇いバイトに出る。「仕事が終わるとホッとするような、二度と行きたくない現場ばかり」。それでも夕方、翌日の仕事が紹介されれば、引き受ける。午前8時から午後5時で、日給は7700円。レストボックス利用料が1780円、食費が約2000円、銭湯が430円、交通費やたばこ、缶ジュースに数百円。自転車操業で働かないと、立ち往生する。

 手元に残る、日に約3000円をためれば、1カ月で10万円。3月にはアパートを借りられる計算だ。「住所はレストボックスなんてありえない。抜け出すには、まず貯蓄しなければ」と高山さんは言う。だが、わずかな蓄えも先月はパチンコに費やした。前途は多難だ。

 1月上旬、高熱を出した。しかし、国民健康保険の保険料を払っていないから、保険証がない。医療機関にかかれば、医療費は全額自己負担だ。今回は市販薬でしのいだが、次はどうなるか分からない。

 だが、保険料を支払うつもりはない。「出したくても出せない。年金の保険料も払えない。それより、目の前のことが大事。正社員になれば解決するが、今の自分には無理です」という。

 周囲には、同様に自転車操業の人がいる。大半が日雇いバイトか派遣労働者で、日払いの施設や時間払いのネットカフェで寝泊まりする。

 高山さんは言う。「落ちるところまで落ちた姿。都会の末端には、このレベルで生活している人間がいることが知られているのだろうか」

 総務省統計局のデータによると、バブル景気後の長引く不況を背景に、安価な労働力として期待されるパート、アルバイト、派遣などの非正社員が増え、半面、正社員の減少傾向が続いている。

 特に、その傾向は約10年前から顕著で、平成8年に1043万人だった非正社員は、同18年(7〜9月平均)には1707万人に増加。逆に、3800万人だった正社員は3408万人に減っている。

 医療や年金など、保険料の未納は、都会の20代〜30代フリーターで多いが、この世代には、バブル後の「失われた10年」に就職期を迎えた不運が影を落とす。個々の将来の備えが薄いだけでなく、社会保障の支え手が脆弱(ぜいじゃく)化する構図を、どうしていけばいいのだろうか。高山さんたちの存在が問題を投げかけている。

(2007/02/09)

 

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