■もらい忘れは対応不可
加入記録紛失に端を発した年金問題は、さらに広がりを見せています。今回はこうした「波紋」を取り上げます。初回は7月に施行された「年金時効特例法」の勘違いの話です。行方不明の年金記録が見つかった受給世代に限り、過去の年金を受ける際の時効をなくすのが特例法の趣旨。しかし、もらい忘れた年金がもらえる−と誤解し、厚生労働省や社会保険事務所に問い合わせた人も多かったようです。そもそも、年金にはなぜ、時効があるのでしょうか。(中川真)
大阪府大阪狭山市に住む山田祐子さん(63)=仮名=は、93歳になる父親の年金で心を痛めている。父親は戦中の数年間、会社勤めをした経験があり、当時、発足したばかりの厚生年金に加入していた。だが、受給の請求をしないまま年を重ね、80歳くらいで厚生年金に加入していたことに気付いたという。
「気付いたときに請求して、過去5年分の98万円を一時金でいただきました。その後も月2万円弱の支給が続いています。だけど、75歳よりも前の分は『時効』と聞き、本当にがっかりしました」(山田さん)
そんな山田さんが期待したのが、年金記録紛失問題をきっかけに、与党が議員提案し、今年7月に施行された「年金時効特例法」だ。
「時効になった年金ももらえるようになるのか」と思った山田さんが、社会保険庁の年金相談で聞くと、「大丈夫です」という返事。安倍晋三首相も当時、参院選の演説などで「年金に時効はありません。一人残らず、全額お支払いします」と繰り返し訴えていた。山田さんは「総理も言っているし」と時効撤廃を確信した。
山田さんは、父親を社会保険事務所に連れて行き、手続きをしようとした。大阪府下に住む父親は元気で、いまも農作業をしている。
ところが、事務所の職員は「違いますよ」というばかり。よくよく聞くと、特例法は記録が行方不明だった人を例外的に救済するもので、すべての人の年金の時効がなくなるのではない、というのだ。
喜んでもらおうと、せっかく連れていったのに、がっかりさせる結果になってしまった。それでも、父親は社会保険事務所からの帰り道、「まあ、ええわ。知らんとこを見せてもらって、ありがたかったわ」と、逆に山田さんを慰めたという。
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年金(老齢、遺族、障害)をもらう権利(国が支給する義務)は、過去5年分まで、というのが基本的なルールだ。請求を忘れていたなどで、それよりも前の年金を請求しても、「時効」で受け取れない。
このため、役所のミスで不明になっていた記録が見つかり、訂正しても、これまでは時効のルールが適用され、5年以上前の年金は受け取れなかった。
しかし、社会保険庁や市町村のルーズな対応で5000万件もの「宙に浮いた年金」の存在が発覚。参院選の直前に与党主導で年金時効特例法を大急ぎで作ったというわけだ。
だから、対象は、長年不明になっていた年金記録が見つかり、記録の訂正を受けた人だけだ。これから訂正を受ける人に加え、すでに訂正を受け、「時効だから」と、過去5年分の年金しか受け取れなかった人も、時効分を新たに受け取れる。また、亡くなった人の「未支給年金」も対象で、要件を満たす遺族が受け取れる。
厚生労働省年金局に聞くと、「同じような問い合わせが、社会保険事務所や本省に結構あった」という。
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では、なぜ、保険料を払い続けてきたにもかかわらず、年金制度には時効があるのだろうか。山田さんも「(受給権があることを)しっかり通知もせず、『忘れられたら幸い』という姿勢はおかしい」と憤る。
厚労省年金局は「年金だけでなく、国がお金を支払う方法は会計法で決まっており、5年を超える分は時効になる」とした上で、「時効がないと、きちんと請求しない人が増え、事務が煩雑になる」と説明する。特例法は加入記録問題を受けての例外的な措置というわけだ。
こうした国の基本的なルールが根底にあるため、年金の時効そのものをなくそう−という動きは、与野党ともないようだ。
厚労省・社保庁は、もらい忘れが起きないように、今後は通知を徹底して年金の請求を促していくという。しかし、現在は、もらい忘れの件数すら把握していないのが実情だ。山田さんの父親のようなケースは、救済措置がないままだ。
(2007/09/24)