■人数不足で対応に甘さ

　年金加入記録の紛失問題を受けて、政府は７月、中央と地方に「年金記録確認第三者委員会」を立ち上げました。領収書などの物証がなくても、状況や経緯、さらに心証も重視し、「保険料を払った」という主張が本当か否か見極める−という異例の取り組みです。すでに、１万３０００件以上の申し立てがありましたが、記録訂正があっせんされたケースは１％程度。最終回は第三者委の運営に疑問を投げかける弁護士の話です。（中川真）

　「第三者委は偽物や。意見陳述に呼び出されたら、委員でなく、事務局が対応するなんて、けしからん。そんなんで、人柄、態度を判断できるんやろか」

　奈良市に住み、大阪市中央区に事務所を構える谷沢忠彦弁護士（６６）は「消えた年金」問題で全国の３５０人以上の相談を受けている。

　相談者が集まるのは、谷沢弁護士も大学卒業後、１１年分の国民年金保険料を納付したのに、「未納」とされたとして、テレビなどで年金行政を積極的に批判してきたからだ。

　奈良の社会保険事務所との話し合いは平行線が続き、谷沢弁護士は７月２０日、立ち上がったばかりの「年金記録確認奈良地方第三者委員会」への申し立てをした。

　今回の年金記録問題を受けて、国が決めた第三者委員会の基本方針は、中央、地方（５０カ所）ともに、「年金制度への国民の信頼を回復するために、国民の立場で、領収書などの物証のない人にも誠実に対応する」ことなどを掲げている。

　判断基準は「社会通念に照らして、明らかに不合理でなく、一応確からしい」としている。申立人の主張が認められれば、総務相が社会保険庁長官に、記録訂正のあっせんをするルールだ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　◇

　谷沢弁護士はまず、受付場所の社会保険事務所へ出向いた。「意見陳述の呼び出しは？」「結論はどれくらいで出るのか？」と尋ねたが、「分かりません」というだけだったという。

　その後、８月末に第三者委の事務局から「明日、来てください」と呼び出された。谷沢弁護士は「明日は裁判がある。急に呼ばれても無理や」と断り、別の日に約束を取り、事務局がある「奈良行政評価事務所」（総務省の出先機関）に出かけた。

　谷沢弁護士が驚いたのは、対応する相手が第三者委の委員（奈良は税理士など６人で構成）でなく、事務局の幹部職員１人だったことだ。

　「こんなやり方でちゃんと判断できるのか」。谷沢弁護士は憤ったが、職員が「メモを作り、委員に提出する」というので、約１時間のヒアリングを受けた。

　大学卒業後、同居の両親を養っていたこと、生活費は母親が管理し、国民年金保険料も母親が払っていたこと、領収書を見た記憶があること、引っ越しの際に紛失した可能性が高いこと…。

　谷沢弁護士は後日、自分の口述がまとめられたメモを送ってもらい、内容をチェックして一部修正した後、事務局に送り返した。「強く求めてメモを送らせた。委員が直接聞かないのなら、メモをちゃんと確認するのは当然だ」と強調する。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　◇

　これに対して、中央第三者委の事務局は「申立人が希望したり、委員会が必要と判断した場合は、委員全員か、委員会が指名した一部委員が直接、聞くことになっている」（幹部）と説明する。

　奈良の第三者委事務局も「資料収集の一環として、申立書に欠けていた経緯を聞いただけ。すぐにあっせんできない場合は、ちゃんと委員が意見陳述を受ける」と話した。

　事務局によると、これまでに８７件の申し立てを受けたが、６人の委員は本業も多忙で、審議が行えるのは、週３時間程度しかない。

　そこで、「限られた時間を有効に使い、短時間であっせんを判断できるように、事務局が事前にヒアリングをしている」（事務局）。谷沢弁護士には、こうした流れを正確に説明できなかったとする。

　中央の第三者委事務局は「ヒアリングの趣旨が正しく伝わらず、誤解を招いてしまった。地方にも徹底を求めたい」（幹部）としている。

　問題の根本は、委員不足によるあっせんの遅れだ。第三者委への申し立ては全国で１万３４０５件。このうち、あっせんで記録訂正に至ったのは、１８日現在、１３７件。「あっせん不要」と、いわば“却下”されたものも８件にすぎない。このため、総務省は委員会での議決権はないものの、意見陳述を受ける「専門委員」を新設する方針で、地方ごとに社会保険労務士など専門家の人選を急いでいる。

(2007/09/26)