産経新聞社

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年金 わたしの年金、減らさない知恵(中)

 ■法「改悪」で手取り減も

 夫を亡くした妻は、64歳までは遺族厚生年金か、自分の厚生年金かを選びます。遺族年金は非課税。税金がかからないので、年金額は多少低くても、税金や国民健康保険料なども安くなり、手取りが多くなる場合もあります。以前は65歳以降も遺族年金を選べましたが、法改正で今年4月から自身の厚生年金が優先支給になりました。非課税部分が減ることで、実質手取り額が減る可能性もあり、「改悪」の声が上がっています。(寺田理恵)

 「厚生年金に加入できる勤め先を選んで、30年働きました。主人も厚生年金でした。『まじめに働いてきたから、これからは2人の年金で楽できるよ』と話していた矢先。主人は亡くなり、年金はどちらか1つになってしまいました」

 福岡県田川市の森田恵子さん(61)=仮名=は60歳になった翌月、当時65歳だった夫を亡くした。

 遺族厚生年金は月額15万円。社会保険事務所の窓口で、自分の年金より高いと聞かされ、遺族年金を受給した。遺族年金を選ぶと、自分の厚生年金は受けられない。

 「40代で体を壊し、身障者手帳を持っています。それでも、夫や私の両親の介護を抱えているときも、年金が大事と思って、休まずに働きました。老後に楽ができるとの思いだけで。あんなに働かなければ、体も壊さずに済んだと、後悔するばかりです」と嘆く。

 それなのに、自分の年金をあきらめる事態に、森田さんは割り切れない思いだ。「年金は世代で順送りと、理屈では分かっています。でも、私の保険料を返してほしいと思わずにはいられません」と話す。

 年金制度は「1人1年金」が原則。64歳までは自分の厚生年金か、夫の遺族厚生年金のどちらかを選択する。

 遺族厚生年金は、夫の老齢厚生年金の4分の3。条件を満たせば、中高齢寡婦加算約60万円がつく。一般に女性よりも男性の給料が高いこともあり、夫の遺族年金の方が高いケースは多い。

 さらに、遺族年金は非課税だが、自分の厚生年金は課税対象だから、年金額が一定以上あれば税金がかかる。多少、低くても、遺族年金の方が手取りが増える場合もある。国民健康保険料や介護保険料も、世帯が課税が非課税かでは大きく異なるからだ。

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 妻が65歳以上の場合はまた事情が違う。妻自身の老齢基礎年金が支給されるので、64歳までと受け取り方が異なる。

 法改正により今年4月から制度が代わったが、3月までは選択肢があった。(1)自分の老齢厚生年金(2)遺族厚生年金の3分の2+自分の老齢厚生年金の2分の1(3)遺族厚生年金−の3つだ。

 大阪市都島区の自営業、中山晶子さん(68)=仮名=は昨年、夫を亡くしたが、自分の年金を受けている。老齢基礎年金と、結婚前に会社勤めをした分の厚生年金約18万円で、年額約80万円になる。

 自営業だった夫は67歳で亡くなるまで、約70万円の年金を受けていた。社会保険事務所では「夫の年金より、あなたの年金の方が多い」と聞かされた。「知人は、国民年金のほかに、遺族年金も受けていて、家計が助かるそうです。主人は60歳から、会社勤めで4年ほど保険料を払ったのに、主人の遺族年金はもらえないのでしょうか」と疑問を抱く。

 中山さんのケースについて、社会保険労務士の井戸美枝さんは「平成19年4月前に遺族厚生年金の受給権があり、65歳に達しているので、3つのパターンから選べたはず。窓口では最も高い額を示したのかもしれないが、ほかのパターンの金額も示し、受給者側が選べるようにすべきです」と指摘する。

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 しかし、今年4月からは受け取り方が変わった。自身の老齢厚生年金が優先支給で、(2)か(3)の差額分が上乗せで支給される。冒頭の森田さんのように、「自分の年金を受け取りたい」という声に応えたものとされる。表向きの年金額は変わらないが、自身の厚生年金が一定以上あると、課税されて手取りが減ってしまう。

 影響はさまざまな場面に及ぶ。例えば、医療費を一定額以上使った場合に適用される「高額療養費制度」。井戸さんによると、70歳以上の人が入院した場合、世帯非課税かどうかで月約2万円も差が出る。多くの自治体で、非課税の人にはバス運賃が無料になるパスも支給される。

 井戸さんは「自分の老齢厚生年金が課税されるほどでなくても、企業年金などの収入を足せば、課税されるケースもある。公的年金の額だけ見ても、損得は分からない。社会保険料負担なども含めた手取り額が減る場合もある。遺族年金の受け取り方の変更は、改正ではなく改悪です」と話している。

(2007/10/17)