産経新聞社

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社会保障これから 「その後の暮らし」考えて

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 高齢者が手術後などに、どこで介護され、生活するか−。「その後の暮らし」をよく考えた手術や医療が求められるが、そうした配慮がまだ十分でないように思われる。

 その典型例が「胃ろう」である。胃ろうは、腹部に穴を開け、胃に栄養剤を入れる管を手術で設けるものだ。手術後、経管栄養が必要になるが、飲み込む力の弱った高齢者に誤嚥(ごえん)性肺炎を防ぐため、近年、特に多く実施されているようだ。誤嚥性肺炎は命取りになるからだ。

 しかし、いったん胃ろうを作ると、自力で食べられるように回復させるには、多くの人手と手間がかかる。食べることをしなくなるから、高齢者自身の生活の楽しみという点でも、疑問である。しかも、医療行為とされる「経管栄養」が必要になるため、病院を退院できても、受け入れてくれる介護施設が多くないのが、現状である。

 受け皿だった療養病床は再編の方向だ。しかし、胃ろうを施す事例が多いから、そのために療養病床を残そう、というのは本末転倒だろう。胃ろうを選ぶ際には、本当にそれしか誤嚥を防げないのか、生活の質はどうか、という医療と介護の双方を視野に入れたコストパフォーマンスを考える必要がある。

 急性期病院が人手不足だからと、患者を胃ろうにするようなことがあってはならない。急性期病院は、引き受けてくれる療養病床を過度にあてにして、医療を行うべきではない。もちろん、急性期病院では、高齢化で高齢の手術患者が増えているから、食事介助などの人手が必要なら、その分を診療報酬で賄うことも、考えられねばならない。

 最近感じるのは、どこまで医療を行うか、という問題である。がん治療などでは、手術を受けなければ、いずれ亡くなると分かっていても、患者が「手術をしたくない」と求めれば、しばしば意思が尊重される。

 では、例えば「胃ろうの状態で、何年も栄養剤で過ごしたくない」という人に、施さないことを認めるか、という問題である。これは、「一分一秒でも、命が安全に永らえるように治療する」のと対極にある考え方なのだろうか。

 病院による手術の選択が社会に及ぼす影響は大きいから、その行方も含めた妥当性の判断が必要となっている。病院には、患者の退院後の療養を考えた計画を作ることが努力義務になったが、こうした点を踏まえた手術計画、退院計画であってほしい。

(立教大学講師 磯部文雄)

(2007/11/01)