産経新聞社

ゆうゆうLife

なんくるないさ 沖縄と緩和ケア(下) 

 ■看取りできる医師の不足 

 ■人材育成が課題

 国は高齢や末期のがん患者を、病院ではなく、在宅で看取(みと)る施策を進めています。在宅死を現在の1割から、今後30年で4割程度にすることが目標。そのためには、痛みのケアと往診のできる医師の育成が必須。しかし、本土でも沖縄でも、人材不足は変わりないようです。(北村理)

 「なんでしかめっ面したん?」

 「お金、払ってないから」

 「お金のことなんていいよ。それより外来に来ることを考えて」

 東京都北部に住む79歳のひとり暮らしの男性は下咽頭(いんとう)がんが食道や肺に転移している。10年以上、がんを患い、今はほぼ寝たきり。声帯を失い、人工喉頭(こうとう)でやりとりする。

 最近、たんに血が混じっているのを、要町ホームケアクリニック(東京都豊島区)の行田(ぎょうだ)泰明医師が気にしており、巡回で声をかけたのだ。

 男性は痛み止めを服用し、普段の生活は介護ヘルパーに頼りきり。移動にも介助が必要で、外来をしぶるという。

 行田医師は帰り際、念を押した。「治療はここではできないから、具合が悪いようだったら、外来に来てね」

 行田医師はこの日、在宅専任の看護師らと12軒を回った。いずれも患者は71歳〜88歳で、8人が末期がん。ほとんどが老老介護で、認知症の症状があるケースも多い。

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 国は昨年、在宅死を進めるため、受け皿となる「在宅療養支援診療所」に、高い診療報酬をつけた。要町ホームケアクリニックは昨年作られ、これに手を挙げた。

 都内では、約1000の診療所が「在宅療養支援診療所」に登録するが、実際に24時間、365日の体制で終末期のケアを行う診療所は1割という。

 同クリニック系列の要町病院は、近くにあった癌研付属病院の要請もあり、10年以上、がんの看取りを行ってきた。その部分が独立した格好だ。同クリニックが扱う訪問診療は現在、都内で最大規模の60〜80家庭。末期がん患者が多く、行田医師と院長の2人で分担している。

 行田医師は要町病院で麻酔科部長(緩和ケア担当)も務め、外来、病棟も担当する。週2回の訪問診療と外来で、「年に休めるのは、5日ほど」という。

 「在宅療養支援診療所」が在宅で患者を看取ると、10万円という高額な診療報酬がつく。ただ、死亡前14日以内に2回以上の訪問診療や訪問看護を行うなど、手厚い対応が求められる。末期患者が対象とあって、介護する家族の不安軽減も不可欠だ。

 「訪問の緩和ケアにあたる医師を増やしたいが、24時間対応で、看取りができる技量のある医師は少ない。私自身、このままの態勢では、いつまで続けられるか分からない」

 ここ数年、大規模病院では長期の入院が難しくなっている。首都圏の大病院から同クリニックに紹介される患者も昨年比で2割増し。「病院の中には、治療の経過も分からない末期のがん患者を、在宅ケアに移行する説明もしないまま、送ってくる病院もある」という。今の態勢ではこれ以上受け入れられず、断らざるを得ない状況だ。

 同クリニック周辺では、療養病床の再編などから3つの病院が閉鎖した。そのせいか、要介護度の高い患者の在宅介護も多く、訪問診療の負担も増えている。

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 沖縄では、独特な風土に根ざした死生観や共同体意識、米国医療の影響があり、痛みのケアが進んでいる。

 しかし、こうした伝統は近年、崩れ、「本土並みになりつつある」という。団塊の世代以降では生活が欧米化し、伝統的な死生観を持たない人も多い。

 また、従来、がん死亡率も全国最低レベルだったが、厚生労働省の「生命表」によると、平均寿命は平成12年に女性は1位だったが、男性は26位に大きく後退した。

 その大きな要因は、食生活にあるという。40歳前後の男性では、食習慣が欧米化し、がんなどの三大生活習慣病で亡くなるケースが急増している。特に、がんは過去20年間で倍増したという。

 一方で、それに対応できる医療施設や、終末期ケアができる医療者の不足は本土と同様だ。沖縄南部で在宅ケアの拠点づくりを進める南部病院の笹良剛史医師が医師約50人に聞いたところ、緩和ケアの「経験がない」「できない」と答えた医師は半数以上に上った。「患者が末期なのに、体の負担も考えず、痛みのケアより治療にこだわる医師は多い。それでは、在宅ケアは進まない」と笹良医師はいう。

 沖縄緩和ケア研究会代表の砂川洋子琉球大医学部教授は「沖縄は緩和ケアに良い環境はあるが、近い将来、どうなるか分からない。人材育成を急ぐべきだと、危機感を持っている」と話している。

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【用語解説】在宅死

 医師が自宅、老人保健施設、老人ホームなどを訪問し、死を見届けること。第二次大戦直後は8割が在宅死だったが、病院で死ぬ人が増え、昭和52年に逆転し、現在では8割超が病院死。国は30年後には年間死亡者数が170万人と大量死時代を迎えると予測。これに伴う医療費増を抑制するため、在宅死を促進する方針で、昨年、在宅療養支援診療所制度を設けた。30年後の在宅死4割を目指しており、それによる医療費の削減効果は5000億円といわれる。

(2007/11/01)