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年金 厚年繰り下げできない人々 度重なる改正のすき間 

 65歳からの基礎年金と厚生年金(厚年)の受け取りを、5年遅らせて70歳からにすれば、年金額はほぼ1・4倍に増えます。しかし、度重なる制度変更の結果、今、おおむね65歳〜70歳の人は厚生年金の繰り下げができない“エアポケット”に落ちた格好です。該当者からは「なぜ、私たちだけ…」と不信の声が上がります。(佐藤好美)

 関東地方に住むフルタイムパートの沢田茜さん(68)=仮名=は10年近く前、厚生年金が受け取れる60歳を前に、社会保険事務所を訪れた。「当時は会社員。50歳で勤めを再開し、この春、パート勤務になるまで、結局、同じ会社に勤め続けました。でも、当時は何歳まで勤められるか分かりませんでしたし、夫が自営業だったので、とにかく、老後のことが不安だったんです」と振りかえる。

 沢田さんは、結婚前に会社勤めだった時期の厚生年金保険料も、脱退手当金を受け取らず、老後の年金として大事にしてきた。結婚後も、国民年金の保険料は欠かさず払ってきた。

 社会保険事務所を訪れたとき沢田さんは、通常65歳から受け取る基礎年金を、66歳以降に延期すると、年金額が増えることを知っていた。そこで、「できる限り働こう」と、基礎年金の受け取りを70歳まで延期することにした。

 ところが、厚生年金については、パンフレットなどを読んでも、受け取りを延期できるかどうか、分からずじまい。沢田さんは「厚生年金には受け取りを遅らせる仕組みがないのだろうか」と、受け取りの手続きをして帰宅したという。

 しかし、最近になって、厚生年金も基礎年金同様に、受け取りを延期できると知った。沢田さんは怒り心頭だ。

 「あのとき、説明があれば、厚生年金の受け取りも遅らせていました。少しでも老後の蓄えを増やしたい一心で、65歳以降も働き、残業もしました。退職金もなく、年金だけが命綱のような私のような人間もいるのに、どうしてきちんと情報が提供されないのでしょうか」

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 実は沢田さんには、ちょっと誤解がある。

 受け取りを遅らせることで、年金額が増える厚生年金の「繰り下げ」は、まず、60代後半の厚生年金が対象。次に、制度は今年4月以降に65歳になった人を対象に“再開”された点だ。

 厚生年金の繰り下げが中断されていたのは、誕生日が昭和12年4月2日〜昭和17年4月1日の人。年齢で言うと、今、おおむね65歳〜70歳の人で、68歳の沢田さんも、ここに入る。だから、どちらにしても、沢田さんは厚生年金の繰り下げを受けられなかったのだ。

 しかし、なぜ、この5年間に生まれた人が取り残されるように、厚生年金の繰り下げができないのか−。

 厚生労働省年金局は「厚生年金の繰り下げは、60代後半の在職老齢年金の仕組みを導入したとき、減額逃れのために繰り下げを選ぶ人が出ないように廃止した。その後、厚生年金を繰り下げても、在職老齢年金の仕組みが反映される制度にした。繰り下げの加算率も変更しており、新たな制度を導入したと思ってほしい」という。

 「在職老齢年金」とは、60歳以上で一定以上の給与などがある人は、厚生年金の額が減らされる仕組み。これが、65歳〜70歳を対象に導入されたとき、減額を避けるために、厚生年金を遅らせて受け取る人が出ないよう、繰り下げ制度は廃止されたというわけだ。

 今年、復活した厚生年金の繰り下げでは、在職老齢年金の仕組みが併存するようになった。厚生年金の受け取りを遅らせても、給与との調整で減る分は事前に差し引かれて加算率が決まる。

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 しかし、こうした対策は沢田さんの世代でも取れたはず。厚労省には、度重なる年金改正で、沢田さんの世代が制度のすき間に落ちたことの責任が問われそうだ。

 沢田さんは「厚生年金は結局、給与との調整でほとんど受け取れませんでした。年金を受けるために、働く時間を減らすことも、性分のせいか、できませんでした。首になる不安もありましたし」と話す。

 それでも、「せめてもの救いは、ずっと厚生年金保険料を納めているので、70歳以降の年金が少しは増えるのではないかということです。年金制度では、知らされていないことが山ほどある。社会保険事務所のパンフレットも、もう少し分かりやすく書いてもらえれば」と話している。

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【用語解説】年金の繰り下げ

 65歳から受け取る老齢基礎年金や老齢厚生年金を、66歳以降に遅らせて受けることで、年金額が増える仕組み。増える率は、繰り下げた月数×0・7%。最大5年の繰り下げで42%増える。ただ、年金額は増えるが、繰り下げた分、受け取り期間は短くなる。繰り下げた場合と、繰り下げなかった場合で、どちらが得かは、その後の受け取り期間による。このほか、年金を規定の年齢よりも早めに受け取ることで、年金額が減る「繰り上げ」もある。

(2007/11/13)