産経新聞社

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保育園に入れない!(3)公立園の民営化

友達とのかかわり合いの中で子供の自主性は育っていく=東京都新宿区の「新宿せいが保育園」


 ■質は事業者次第

 コストのかかる公立保育園を民間に移管し、費用を待機児童解消など、多様な保育施策に充てようとする自治体が増えています。民営化で地域の保育が向上すれば喜ばしいことですが、一方で、安易な移管が地域の保育の質を低下させる危険性も。質の高い法人を選ぶ「目」が行政や保護者に求められています。(清水麻子)

 JR高田馬場駅から歩いて約10分、車が行き交う大通りわきの小道を入ると、都会の騒がしさを忘れさせる静かな住宅街が広がる。

 東京都新宿区下落合。かつて、この地域の子供の保育を担ってきた公立の認可保育園「下落合保育園」が今年4月、社会福祉法人「省我(せいが)会」が運営する認可保育園「新宿せいが保育園」に生まれ変わった。

 「省我会」は長年、東京都八王子市で認可保育園を運営してきた。新宿区の公募に手を挙げた6事業者から、保育の理念、資金計画の確実性などが評価されて選ばれた。

 園長は子供の主体性を育てる論で著名な藤森平司さん。発達に応じたプログラムを提供するなど、保育内容はがらりと変わった。サービスも充実し、65人だった定員は、0歳児の受け入れなどで115人と倍近くになり、近隣の待機児童は減少。午後6時半までだった保育時間は8時半までに延び、学童保育所も併設された。

 新宿区の保育担当者は「民の力を借りて、保育の質が総合的に向上した」と胸を張る。

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 公立保育園の民営化が進む背景には、緊縮財政が続くなかで既存の保育園を効率的に運営したい自治体の思惑がある。コストが高い割に、サービスの柔軟性に乏しい公立保育園は、効率化の格好の的になった。

 公立保育園は、私立保育園に比べてコストがかかる。新宿区によると、平成18年度の区内の公立保育園の子供1人にかかる運営費は月額18万3000円。私立の14万3000円に比べて4万円高い。

 運営費を押し上げる要因は、公務員である保育士の人件費。昇級があり、長く勤められるため、平均年齢が高い。内閣府の「保育サービス価格に関する研究会」(平成15年)の報告書によると、公立保育園の保育士の平均年齢は37歳で、平均月給は約30万円。認可私立保育園の保育士は31歳で21万円。その差は9万円に上る。

 一方で公立保育園では、夜間や休日などの保育サービスは遅れがち。厚生労働省によると、延長保育の実施は平成17年度に、私立園が8673カ所に対して、公立が4727カ所と、約半数にとどまる。公立園に子供を預ける母親からも「延長保育の時間が短い」「保育サービスの要望がなかなか通らない」などの不満がもれる。

 藤森園長は「公立保育園では、現場が新しい提案をしても、横並びを意識する役所が許可しないこともある。少子化で親の過干渉が問題になるなか、子供がしたいことを発見する保育が必要なのに、子供をリードする多子時代の保育が継続されているところもある」と指摘する。

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 公立保育園の民営化は年々進んでいる。厚生労働省の調査では、平成19年4月1日現在、前年比で約250カ所減り、約1万1603園に。私立保育園は約400カ所増えて1万1245園になった。緊縮財政が続くなか、公立保育園の民営化はさらに増えるとみられる。

 一方で、民営化に慎重な意見もある。「保育園を考える親の会」代表の普光院亜紀さんは「民営化を進める自治体の中には、コスト削減の目的だけで、地域の子供をどう育てるかのビジョンを持たないまま、踏み切るところもある。民間事業者の質は天と地ほど差があり、未熟な事業者を選んでしまうと、地域の保育の質は保証されない」と警鐘を鳴らす。

 東京都練馬区では2年前、公立保育園の民間委託の事業者選定をめぐって混乱が起きた。事業者選定委員会が、選定の結果、「該当なし」としたにもかかわらず、区が育児用品などの製造販売を行う「ピジョン」に業務委託を決定。ところが、引き継ぎ後、園長を含む10人超の職員が退職するなど混乱を招いた。人手不足による業務過多などが原因とみられ、区は同社に改善勧告を出した。

 普光院さんは「行政は住民や父母らと話し合いながら、事業者を慎重に選ぶべきです。良い事業者がなければ、民営化をしないくらいの決断も必要。公立保育園は、安定した雇用を生かした人材育成や、障害児保育や保育の困難家庭などに率先して対応する機関として地域に残すべきです」と指摘している。

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「保育園を考える親の会」が提案する民営化に求められる10カ条

 1 求められる「質」を備えること

 2 コスト軽減分は保育のために

 3 早期の計画公開と利用者が安心できる説明と意見の聴取を

 4 人件費の極端な削減は質の低下につながることを念頭に

 5 事業者の選定は適正に

 6 子供・保護者の負担を最低限にする努力を

 7 移行後の責任の所在も明確に

 8 保育園の公共性を維持

 9 直営施設の役割を確認し、急激な変化の影響を検証する長期的展望を

10 移行後の情報開示および利用者との対等な関係を促進

(2007/12/13)