産経新聞社

ゆうゆうLife

虐待のその後で 不足する施設とサポート(上)一時保護所 

一時保護の間は学校に行けない。保護所内の学習室で授業が行われる=首都圏の一時保護所



 ■「まるで野戦病院」

 虐待や育児放棄が増え、親元で暮らせない子供が急増しています。ところが、虐待から逃れた後、こうした子供たちが暮らす児童養護施設などの受け皿は質量ともに不十分。傷ついた子供の心をさらに悪化させてしまうケースも目立ちます。親元で暮らせない子供の居場所について、3回にわたり考えます。(清水麻子)

 「うちに帰りたい。できないなら、早く施設に入りたい。こんな所にはずっといたくないんだ」

 親から虐待を受けた子供たちが親から離れて集団で暮らす首都圏の一時保護所。昨年9月に母親からさまざまな暴力を受けて入所した中学生の兄と小学生の弟が、担当する児童福祉司の鈴木達夫さん=仮名=に涙ぐみながら訴えた。

 「申し訳ない…」。鈴木さんは、2人を説得しながら、やるせない思いでいっぱいになったという。

 虐待を受けた子供たちが一時保護所で過ごす期間は通常2カ月程度。その間に親元か施設か、今後の居場所が検討される。兄弟の母親には問題が多く、施設に入る方針はすぐに決まった。しかし、受け皿となる施設は慢性的にいっぱいで、2人は半年も一時保護所で過ごさなければならなかった。

 「2人が一緒に入れる施設が、今後の親子の関係修復には不可欠でしたが、どうしても見つかりませんでした」と鈴木さんは言う。

 一時保護所は、子供にとってストレスが多い環境だ。親が連れ戻しに来てしまうこともあり、玄関には常にカギがかかり、外出は制限される。自宅から遠いため、学校に行けず、友達とも遊べない。非行で保護された子供も一緒に生活するため、器物損壊や職員との言い争いが日常的に繰り返される。

 「後から一時保護所に入った子供が先に施設に入所していくのを見て、兄弟は何度もここにいたくないと訴えてきました。でも、施設が足りないという『行政の都合』はどうすることもできませんでした。4月に、ようやく一緒の施設に入所できましたが、同様のケースは後を絶ちません」と鈴木さんは言う。

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 平成12年に児童虐待防止法が施行され、家庭の中に埋もれていた虐待が発見される素地が整いつつある。全国の児童相談所が対応した児童虐待相談件数(18年度)は3万7323件と、法施行前の11年から約3倍に増えた。しかし、発見はされても、受け皿は不足。全国に約560カ所ある児童養護施設の入所率(定員に対する入所者の割合)は18年度に約92%と飽和状態が続く。行き場のない子供は“仮の居場所”である一時保護所に長期滞在せざるをえない。

 特に、都市部の状況は深刻だ。東京都では、一時保護所の平均滞在日数は18年度に、9年前から10日のびて35日に、横浜市では同じく24日のびて50日になっている。中には1年にわたり、長期滞在せざるを得ない子供もいるという。

 厚生労働省の18年の調査では、全国の一時保護所の1割が入所率100%を超える。ある都市部の一時保護所の施設長は「居住環境は決していいとは言えません。定員を超えた場合、学習室などに布団を敷いて居室に転用するのですが、まるで野戦病院のようです」とため息をつく。

 また、やはり都市部の別の児童相談所で働く児童福祉司は「行き先の施設が空いたら、『即決』せざるを得ません。施設は雰囲気や方針が違うので、子供に合ったところを選んでやりたいのですが、そんな余裕はまったくないのが現状です」と、苦しい胸の内を打ち明ける。

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 厚生労働省は、小人数で暮らすグループホームや、里親となる家庭の受け皿を増やす一方で、19年には都道府県や政令指定都市などが一時保護所を増築する場合、優先的に交付金を支給する方針を打ち出した。

 それでも一部の自治体の“混雑感”は解消されない。横浜市は22年度までに児童養護施設の定員を119人増やす。急ピッチで受け皿を増やすが、横浜市の中央児童相談所の斎藤功副所長は「一時保護所を2カ所新設し、入所率が随時100%を超える状態は解消できました。しかし、夏休み明けから児童養護施設が満杯になり、一時保護所に長期滞在する子供が出てしまう現状に変わりはありません。市内の別の一時保護所もピーク時には100%を超えてしまいます」と打ち明ける。

 関西学院大学の才村純教授は「虐待を受ける子供は増え、一刻の猶予もないから、国や都道府県は、小規模施設や里親を緊急に整備すべきです。一時保護所に長くいると、子供は将来の見通しが持てなくなる。親に虐げられ、ただでさえ不安な子供の心を、行政の都合でさらに不安定にさせてしまうのは一種の『社会的ネグレクト(虐待)』です」と指摘している。

(2008/05/12)