産経新聞社

ゆうゆうLife

編集部から 前向きに生きる自信 

 「児童養護施設出身者の気持ちを伝える記事が書きたいから、話を聞かせてほしい」。申し出に快く応じてくれた青年(25)に会ったのは、4月中旬、小雨が降る肌寒い日だった。

 彼は3歳から児童養護施設で育った。父子家庭で、父親に新しい家族ができて捨てられたこと、施設でいつもイライラしていたこと、現実逃避からバイクの窃盗やシンナーを繰り返し、何度も警察に捕まったこと…。

 洗いざらい話すと、彼は「以上が僕の人生です。何も隠すことはありません。実名で書いてもらっても、写真を撮ってもらってもかまいません」と言った。

 人生を受け止め、前向きに生きることを決めた自分への自信にあふれる言葉に胸を打たれた。ほかの子供の希望にもなると、「実名で報道したい」と熱い思いがこみ上げてきた。

 しかし、その思いはすぐに打ち砕かれた。取材を通し、施設出身者への偏見がまだ根強いと知ったからだ。出身者の中には、生い立ちを隠して生きる人や、社会の底辺に沈むような暮らしを繰り返す人もいた。愛情が欲しくて非行に走った背景を、理解できる人ばかりではないことも分かった。

 彼の将来を思い、結局、実名表記は見送った。しかし、一方で彼の気持ちを無にしたような、歯がゆい思いもある。(清水麻子)

(2008/05/16)