産経新聞社

ゆうゆうLife

年金で海外暮らし 日本の健康保険は適用される

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 チェンマイに住む伊藤幸仁さん=仮名=は、これまでに2度、脳梗塞(こうそく)で入院した。最初は日本で、2度目はチェンマイの私立病院でだった。幸いいずれの場合も軽症で、後遺症も残らなかった。今では「あ、そろそろ来るかも…」と分かるようになったそうだ。昨年は右手に妙に力が入らず、「おかしい」と病院に行った。私立病院では、検査とカテーテル挿入などに2万バーツ(約6万4000円)がかかると診断された。

 伊藤さんは大学病院に行きたいと思った。私立病院にも大学から医師がやってくるが、それなら初めから大学病院で受診し、セカンドオピニオンを聞いておきたかった。今回は海外旅行保険に入っていないため余計な費用は払えない。しかし、日本で入っている健康保険が海外での治療にも適用される。

 この場合、費用は現地で全額払う必要があるが、病院の治療内容と、かかった費用の分かる書類をもらっておき、後は日本に帰って、それを翻訳した物と申請書を社会保険事務所などに提出する。こうすれば日本の健康保険の範囲内で治療費が還付される。

 国民健康保険でも同様で、書類の入手先と提出先が最寄りの市(区)役所になるだけ。

 大学病院には、日本語通訳はいなかった。あきれたことに伊藤さんは、私に声をかけてきたのである。このヨチヨチ英語でドクターの通訳をしろという。「とーんでもない。普通の会話もおぼつかないのに、まして医学用語なんて分かるわけも…」と断った。が、どうしてもといわれてそこつにも引き受けた。

 「脳梗塞って英語でなんていう? なんとか検査は? ああ、困ったなぁ」。必死で電子辞書に相談し、ノートに書きつけた。伊藤さんにとって、このヨチヨチ通訳は、料金がタダという以外にメリットがあるのだろうか。心配だったが、ドクターは非常に丁寧に状況を説明してくれ、検査は必要ないと判明した。

 食事に気をつけ、体重を減らし、少し強い薬を処方する。伊藤さんはその後、ドクターの忠告を守り、食事と毎日の散歩で体重を10キロ減らした。今では体調にだいぶ自信がついたという。この体験から私は「病気になっても安心かも」と思うようになった。でも、もし私自身が重病になったら…。ヨチヨチ通訳はどこにいる?

(旅行作家 立道和子)

(2008/06/04)