産経新聞社

ゆうゆうLife

年金で海外暮らし “楽園”は景色ではなく心に

 空に、虹がかかった。ここ2、3日ゴールドコーストは雨続きでうっとうしかったが、この虹である。これからしようとしていることがうまく運ぶ、そんな予感がするようだ。ここへは、遺言を作りにきたのである。

 オーストラリアでの相続には遺言書が必須。それがないと、たとえ日本に遺書があっても、この国で裁判が行われる。ほかにもわずらわしい手続きがあり、一件落着までに1年近い時間と、およそ1万豪ドルの費用が必要だという。大した資産をオーストラリアに持っているわけではないが、わずかな預金がある。

 旅の多い暮らしで死のリスクが高い私に“もしも”があったら、これを残していきたい相手がいる。若い日の離婚で先方においてきた息子である。

 当時、私は26歳だった。仕事はなく、貧しく、希望さえ失っていたが、「土佐のおてんばがこんなことに負けちゃあいかん」と、くじけそうな自分を叱咤(しった)していた。そんなある日、新聞の募集広告で見つけた出版社の試験にかろうじて合格。編集者になって、高いがけの上にひとり、立った気分がした。強風に負けて後ろに下がると、がけから転がり落ちる。人生に押しつぶされないためには弱気は禁物だった。風に逆らって前に進むしかない。

 何度か恋をしたこともあったが、「二度と結婚はしない。あなた以外に子供は産まない」という息子への自分勝手な誓いだけはどうにか守ってきた。

 退職後は、英国人の相棒と楽園探しの旅を続け、幼いころに夢見た“本の著者”になった。頑張って生きたつもりの人生に悔いはない、はずだった。

 それなのに…。最近は年齢のせいか、いささか弱気で、ふと自分に問いかける。「本当に悔いはなかったか」と。これ以外の人生があったとは思えないが、なんという道を歩いたものか。

 旅の相棒は背骨を痛め歩行困難となって、数年前に祖国へ帰った。現在は健康を回復し、旅に出る気十分のようである。

 人生はいいことばかりではないが、悪いことばかりでもなさそうだ。探していた楽園は、絵のように美しい景色の中にはなく、心に存在するものだったと、旅を重ねてようやく気がついた。たとえ世界のどこにいても、親しみ愛する人々とともに、心豊かに過ごせるところ。それこそが、私たちそれぞれの人生の、“楽園”と呼べる場所ではないのだろうか。=おわり

(旅行作家 立道和子)

(2008/07/02)