産経新聞社

ゆうゆうLife

編集部から 勤務医の見果てぬ夢

 「メシを抜いてまで、手に入れた医学の洋書が一夜にして盗まれたんですよ…」。偉い先生が涙目で訴え始めた。

 数十年前のことなのに、よほど悔しかったらしい。こちらは噴き出すのをこらえるのに苦労したが、医師は国立病院の勤務医として、清貧に甘んじてきたことを言いたかったのだ。

 先生は「こんなことだから、若い人は30半ばをすぎると開業してしまう」と続ける。多い理由は「ウチの嫁が…」だという。「医者に嫁いだのに、この給料か」というわけだ。先生は「日本の医療は大丈夫でしょうか」と肩を落とす。

 「日本どころか、世界の損失ですよ」と全国医師連盟の黒川衛代表は力説する。連盟は今年6月、勤務医の“医師会”として発足した。日本医師会は開業医が主なメンバーだからだ。

 そういえば、洞爺湖サミットの直前に招かれたサラ・ブラウン首相英国夫人のお茶会で、夫人は「妊産婦死亡率の削減で世界は日本から多くを学ぶ」と、医療保健分野での日本の貢献に期待した。同席した途上国支援団体によると、「日本の医師は腰が低く、献身的で重宝がられている」らしい。

 連日の激務にぼやく勤務医をそんな話で慰めた。勤務医は「5年先に生きていたらオレも途上国へ行こうかな。無条件に感謝してもらえそうだし」。うつろな表情に、思わず心で手を合わせたのであった。(北村理)

(2008/07/18)