産経新聞社

ゆうゆうLife

もうひとつの家族 施設から里親・養親へ(1)

大地くんを迎え、にぎやかになった堀江さん一家=東京都板橋区(矢島康弘撮影)



 ■人ごとと思えず親代わりに

 育児放棄や児童虐待など、さまざまな事情で実親と暮らせない子供が増えています。実親に頼れなくても、親代わりになる里親の元で暮らせれば、子供の心は落ち着き、欧米ではこうした子供の受け皿は家庭が主流です。しかし、日本では養育里親や養子縁組が普及せず、多くの子供が乳児院などの施設で生活するのが現状。家庭養育が広がるには、何が必要なのでしょうか。5回連載で考えます。(清水麻子)

 「パパ、ママ、大好き−」。大地くん(5)=仮名=は、東京都板橋区の公務員、堀江啓介さん(40)、和美さん(39)のひざに乗ると、ぎゅっと胸に抱きついた。

 大地くんが、堀江家にやってきたのは2年8カ月前の冬。実母は大地くんを産んだ後、先に病院を退院し、そのまま戻ってこなかった。大地くんは乳児院に引き取られたが、児童相談所が家庭を味わわせたいと、東京都の養育里親に登録していた堀江夫妻に託した。

 啓介さんは「最初にうちに来たときは、クリスマスに乳児院でもらった小さな消防車くらいしか持っていなくて。お客さまのようにおとなしくしているし、心が痛みましたが、今はもう、人がかわったように元気。毎日にぎやかで楽しいですよ」と顔をほころばす。

 夫妻が養育里親になったのは、妻の和美さんの考えからだ。保健師として働く和美さんは9年前に双子を出産。母になってからは、児童虐待など子供が犠牲になるニュースが人ごとと思えず、何かできないか考えていたという。

 「2人の子を育てながら仕事もしているので、大きな貢献はできませんが、里親になって子供に家に来てもらって一緒に生活するならできると思いました。2年間、気持ちを温め、実子が保育園の年長になり、少し手がかからなくなったとき、児童相談所に連絡して里親登録しました」と和美さん。

 大地くんが来て実子も弟ができたと喜んだ。自分たちを親として受け入れてくれるようになった大地くんの心の変化も感じるという。和美さんは「施設で生活していたからでしょう、最初は1人で寝ることに慣れていて驚きましたが、最近では『一緒に寝よう』と布団にもぐりこんできてくれて」と、うれしそうだ。

 しかし、こうした5人の家族生活は、実親の事情が変わり、引き取りを希望すれば終わる。「その日」を考えるとさびしいが、ここでの生活をいつか思いだしてくれたらうれしい。夫妻はそんな思いで里親の役割を楽しんでいる。

                   ◇

 ■大半が施設で過ごす現状

 職員の交代制勤務が避けられない施設と違い、里親の場合、特定の大人と24時間、継続した家庭生活が送れる分、子供の心が安定しやすい。

 里親制度に詳しい青山学院大学の庄司順一教授によると、欧米では20世紀初頭から施設ケアに疑問が出され、現在は実親と暮らせない子の受け皿は里親が基本=表。

 日本でも、特定の大人との愛着関係を築く重要性が指摘され、昭和40年代には乳児院に担当制が敷かれた。しかし、里親は普及せず、世界の潮流から離されていった。

 厚生労働省は平成14年、局長通知で「乳幼児期の愛着関係の形成が重要で、家庭的な環境の中で養育されることが必要」と、里親普及を打ち出した。しかし、18年度の同省調査を見ても、社会的養護を必要とする子供約3万6000人のうち、里親の元で暮らす子は約1割。残り9割は依然、児童養護施設などで暮らしている。

 日本で里親が普及しない理由について、庄司教授は「血縁関係がない子供の養育に抵抗感がある国民性があるのではないか。しかし、血縁でなく、一緒に過ごす時間と愛情で結ばれる家族もある」としたうえで、「混同している人が多いが、実親が育てられない間の一時期、子供を預かり育てる養育里親は、養子縁組とは違う。親に頼れない子供を社会で健やかに育てることに賛同し、里親になってくれる家庭が増えてほしい」と理解を求めている。

                   ◇

【用語解説】養育里親

 実親と暮らせない子供を一時期、自宅で育てる親。都道府県知事などが認定し、児童相談所を通して委託される。養育里親になるには、(1)心身ともに健康(2)子供の養育に理解と熱意、愛情がある(3)経済的に困窮していない−などの要件がある。

 子供の家庭復帰に向け、児童相談所と連携して実親と面会したり、実家庭のサポートも担う。国からは、里親手当(月3万4000円)と生活費(同約4万8000円)、必要に応じて教育費などが支払われる。来年4月から、里親手当は1人目のみ7万2000円に引き上げられる予定。

 親から見放された経験をもつ子供は、里親宅で赤ちゃん返りを起こしたり、相手が信頼できるか「試し行動」を起こす場合も多い。子供に十分な愛情をかけられれば、共働き家庭の認可も可能。問い合わせは各地の児童相談所へ。

(2008/09/01)