産経新聞社

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もうひとつの家族 施設から里親・養親へ(2)

「迷ったときや困ったときには、児童相談所や里親仲間に相談しながら、楽しくやっています」と話す松岡京子さん(左)と、川崎市の里親対応専門員、千葉久美子さん=川崎市



 ■里親育て委託率をアップ

 里親家庭で暮らす子供を増やすには、児童相談所(児相)の積極的な取り組みが欠かせません。しかし、里親委託は施設よりも手間がかかるため、なかなか進まず、地域差も大きいのが現状です。委託率が全国トップクラスの川崎市の取り組みを紹介します。(清水麻子)

 「短期間ですが、2歳の女の子をお願いできませんか−」

 5年前の寒い冬の日。川崎市の松岡京子さん=仮名=の元に、児童相談所から電話が入った。養育里親として“初仕事”の依頼だった。「引き受けます」。松岡さんはそう答えて電話を切ったが、緊張で身が引き締まった。

 数日後、ケースワーカーと実母と一緒に現れたのが、藍子ちゃん=仮名=だった。静かでおとなしい子。松岡さんが感じた第一印象だ。

 藍子ちゃんの実母は離婚後、働きながら1人で藍子ちゃんを育ててきた。しかし、愛情のかけ方が分からなくなり、それを悟ってか藍子ちゃんはしょっちゅう発熱した。実母は働けず、困って児相に相談。児相は松岡さんに藍子ちゃんを託したのだった。

 松岡さん宅で状態が落ち着いたら親元に戻り、発熱したら松岡さん宅で暮らす。そんな生活を繰り返し、藍子ちゃんは計1年くらい、松岡さんと一緒に暮らしたという。「うちには、小学生の息子がいますが、やはり普通の子育てとは違います。比較的扱いやすい子を短期で委託してもらい、実親をサポートしながら、子供も育てる養育里親の仕事を体で覚えられてよかった」と松岡さん。

 以来、7カ月から6歳まで10人を、いずれも1年未満の短期で受け入れた。経験が増えるにつれ自信がつき、子供の行動パターンや、距離の置き方もつかめるようになった。

 「1年間、一緒に暮らした6歳の女の子は、親元に帰る数日前、『ママ、私のこと好き?』と聞いてきました。言葉に詰まりました。素直に『好きよ』と答えたら、親元に戻りたくなくなってしまうかもしれない。実親があなたのことを一番考えているんだよ。でも、私も大好きだよ、と伝えました」

 今は、子供への愛情にブレーキをかけることが、短期の里親の役割だと考えられるようになったという。今年6月には、長期委託の予定で、一馬くん(2)=仮名=を引き取った。「短期の経験があったから、余裕です」。松岡さんはそう笑顔をみせる。

 ■全国の児相 取り組み格差

 社会的養護が必要な子供のうち、里親家庭で暮らす子の割合を示すのが、「里親委託率」。川崎市は約24%で、政令市のトップだ。

 川崎市南部児童相談所の菅沼進所長は「もともと施設が少ないこともありますが、子供は家庭で育つべき。親の入院や出産などで養育者がおらず、自身の課題が比較的少ない子供は、短期で積極的に里親に託し、経験を積んでもらっています」と話す。

 全国で里親が増えない背景には、養育里親より、実子に近い養子縁組を望む夫婦が多いという面もある。しかし、縁組には実親の同意が必要で、どの子もできるわけではない。

 川崎市では、養子縁組を目的とする人にも、養育里親のやりがいを説明し、短期で経験を積んでもらうことで養育里親の受け皿を増やしている。縁組できる子供がいた場合には里親委託を行い、養子縁組につなげていく。

 里親に対する児童相談所の取り組みの差は大きい。18年度の委託率は全国平均で9・4%。政府は21年度末に15%に上げる目標を掲げているが、困難な見通しだ。確かに、実親の中には、子供を里親に奪われるのではないかと恐れ、預けたがらないケースもあり、調整は容易でない。

 委託率が最高の川崎市と、最低の堺市の差は22倍。堺市では、里親の元で暮らす子が3人しかいない。こうした事情について、関西地方の児相の担当者は「多様な里親家庭に登録してもらわないと、子供を適切な家庭に委託できない。里親制度をPRし、登録を増やす努力をしていますが、なかなか増えない」ともらす。

 しかし、お茶の水女子大学の湯沢雍彦(やすひこ)名誉教授は「新規登録者を増やす努力は必要だが、登録しても委託されない『眠る里親』を放置しないことが先決だ」と指摘する。

 厚生労働省によると、里親登録する家庭は18年度に全国で約7900人。実際に子供が委託されているのは、その3割にとどまる。湯沢名誉教授は「里親を新たに育てるには、調整や支援の時間がかかる。虐待対応で人手が足りない児相の多くは、ベテランの里親や安心できる施設に委託しがち。しかし、川崎市のように、新しい里親をサポートしながら、積極的に経験を積ませる『攻め』の姿勢が児相には必要だ」と話している。

(2008/09/02)