産経新聞社

ゆうゆうLife

もうひとつの家族 施設から里親・養親へ(3)

優也君は愛知県の児童相談所の積極的な取り組みで、信頼できる育ての親に巡り合えた=長野県内


 ■新生児からの縁組で情緒安定

 実の親が育てられなくても、赤ちゃんのうちに大切に育ててくれる別の家庭に巡り合えれば、子供は健やかに育つ−。愛知県の児童相談所はそう考え、積極的に新生児の養子縁組と里親委託に取り組んでいます。実親に代わる親を見つけ、愛情を注がれて育つ子供は情緒の安定度も高いようです。(清水麻子)

 8月中旬のある日の午後。長野県のマンションの一室で生後5カ月の優也君=仮名=が田中果歩さん(30)=同=の横で機嫌よく笑っていた。「窓を開けて、風を入れてあげると、気持ちがいいみたいで。最近は、ほほ笑み返してくれるようになってきて、本当にかわいい」。果歩さんはそう言って優也君を胸に抱き上げた。

 今年3月、優也君は別の女性から生まれた。しかし実母は優也君を育てられなかった。

 実の親が育てられない赤ちゃんは通常、乳児院に預けられ、その後、里親家庭か児童養護施設に移される。乳児院では担当職員に育てられるが、交代勤務もあり、一般家庭のようなわけにはいかない。情緒不安定などの影響が出ることも懸念されている。

 優也君が生後すぐ、田中さん夫妻に引き取られた陰には、愛知県の児相の積極的な働きかけがある。同児相は20年以上前から、望まない、あるいは予定しない妊娠をした女性と、子供ができず、赤ちゃんを育てたいと願う夫婦との橋渡しを、県境を越えて行ってきた。里親を広く、県外にも求めている。

 果歩さんは、会社員の夫、政志さん=仮名=と結婚して5年間、子供ができなかった。昨年4月、県内で開かれた養子縁組の説明会に夫婦で参加し、親に恵まれない子供が施設で長期に暮らす現実を知り、衝撃を受けたという。政志さんは「自分たちに資格があるなら、こうした子の親になりたいと思いました」という。2人は「障害が分かっても引き取りを拒否しない」など、9項目の誓約書にサインした。

 実はこの説明会は、愛知県の児相に長く勤めた矢満田篤二さんの働きかけで開かれた。田中さん夫婦が愛知県の児相から、まだ生まれる前だった優也君の引き受けを打診されたのは、それから間もなく。2人は「引き受けます」と即答した。

 無事出産の連絡を受け、2人は愛知県の産院に駆けつけ、赤ちゃんに付き添って一緒に過ごした。名前を付け、退院とともに自宅に連れ戻った。近く、家庭裁判所に特別養子縁組の申請をし、法的にも親子になる予定だ。

 健やかに成長する優也君だが、将来、悩んだり、実親探しをする日がくるかもしれない。夫妻は小学校入学のころには経緯を伝えるつもりだ。「自分たちが心から愛し、かけがえのない存在だと思っていることを分かってもらえるまで伝えていくつもりです」と政志さんは話している。

 ■「施設に長期」は悪影響

 愛知県で多くの赤ちゃんに新しい家庭を橋渡ししてきた萬屋育子刈谷児相所長によると、同県では、生後1カ月未満で新しい親にめぐりあえた赤ちゃんは、昨年までの14年間に100人を超えた。

 しかし、大半の児相は、新生児の養子縁組には消極的。長野県中央児童相談所の山口良夫所長は「親権を放棄してまで縁組をしようという実親は少ない」と話す。

 しかし、施設などにいる子供で、頼れる親族がいなかったり、親がいても、面会にも訪れないケースは少なくない。厚生労働省の児童養護施設入所児童等調査(平成15年)によると、乳児院や児童養護施設で暮らす子供約3万3000人のうち、「両親ともいない、両親とも不明、不詳」の子供は計2割弱。児童養護施設で、在所期間が10年以上の子供は1割を超え、5年以上も3割超だ。

 こうした実態を踏まえ、愛知県では、養子縁組に難色を示す実親には「子供が別の家庭で生活するチャンスを与えることも、親としての大切な役割」と縁組に理解を求める。それでも、親が手放すことに同意しなければ、半年単位で引き取りのめどを決めてもらう。ずるずると預けっぱなしになれば、子供の心に悪影響が出るからだ。

 萬屋所長は「施設に長く預けることで、職員も対応できないほど荒れる子供を多く見てきました。特別養子縁組では、養親には子供の監護義務が生じ、子供も新生児のころから養親の元で過ごすことで安定感が高まる。あくまでも子供を中心に話を進めるべきです」と話す。

 京都府立大学の津崎哲雄教授は愛知県の取り組みを高く評価したうえで、「縁組ができる赤ちゃんは一定の割合でおり、こういう子にこそ、国や児相は積極的に、もう一つの家庭を探してあげなければいけない。国は都道府県に複数ある児相の1カ所に縁組機能を持たせ、専門職員を置いて対応する仕組みを、早急に作るべきだ」と話している。

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【用語解説】特別養子縁組

 6歳未満の子で、実親よりも別の家庭に育てられた方が、子供の利益につながると判断された場合、家庭裁判所の審判を経て認められる。実親との関係は消滅し、戸籍には「長男」「長女」などと記載される。縁組をした夫婦の離縁は原則、認められない。

(2008/09/03)