産経新聞社

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ひとりでも自宅で(中)

「もう慣れたからね」。電磁調理器の操作手順を説明する神宮司さん。訪問ヘルパーが来たときは、いっしょに調理する=鹿児島県鹿屋市


 ■電磁調理器 だれが操作を教えるか

 高齢者がひとり暮らしを続けるには、火の始末ができるかが、周囲の理解を得る上で大きな課題です。多くの自治体では、火の出ないIH調理器(電磁調理器)を提供していますが、「慣れない機械は嫌がられる」「認知症だと無理」との意見も。電磁調理器を導入した独居高齢者のお宅を訪ねました。(寺田理恵)

 サツマイモ畑が広がる鹿児島県鹿屋市の木造の一軒家。神宮司礼子さん(77)はかつて東京で働いていたが、父の介護のために戻ってきた。

 父の死後、ひとり暮らし。要介護1だが、台所に立ったり、歩いて5分の商店に買い物に行ったりする。「もう慣れたけどね」というものの、「緊急通報装置があれば…」と、ひとり暮らしの不安も漏らす。

 キッチンには、ガスコンロの代わりに卓上タイプの電磁調理器。火の始末に不安を抱く神宮司さんに、ケアマネジャーが4年ほど前に紹介した。

 神宮司さんは「ガスよりも、こっちの方が安全だから。もう慣れたからね。(設定温度などを知らせる音声ガイド機能が付いているので)どうなっているか、言ってくれるし。スイッチを押して、火加減のボタンを押すだけです」と操作方法を説明する。

 最初は、電磁調理器で使えない鍋を乗せ、底を焦がしたこともあったが、操作手順を何度か繰り返して覚えた。夕食は配食を利用するが、そうめんをゆでたり、お湯をわかしたりするのに電磁調理器を使う。訪問ヘルパーが週2回、来たときは、いっしょに調理をする。「後の掃除も簡単です」と神宮司さん。

 高齢になると、ガスコンロの火を消し忘れたり、袖口に火が燃え移ったりする危険がある。そのため、独居高齢者などを対象に、所得に応じて電磁調理器や自動消火器を給付する事業を、市町村が行う制度がある。しかし、あまり利用されていないようだ。「認知症高齢者が使うのは無理」との見方もあるが、認知症でも軽いうちなら、指導を受けて使い始める人もいる。

 霧島市の独居女性(85)は認知症で要介護2。3カ月前に電磁調理器を使い始めた。

 「スイッチを押したらいいんですからね。難しいことはないです。おみそ汁しか作りませんけど、安心して使っています。息子が線(コード)を引いてくれたんです。うれしくてね。便利で」と喜ぶ。

 納品した介護用品レンタル・販売会社「カクイックスウィング」(鹿児島市)の福祉用具専門相談員は、ケアマネジャーらと相談し、温度調節の必要ない、シンプルな機種を選んだ。同社の西園靖彦専務は「(電動ベッドなどの)介護保険の福祉用具は、納品時に使い方を説明し、定期的に使用状況を確認します。同じように(保険外の)電磁調理器も繰り返し教えれば、在宅を続けるのに役立ちます。しかし、電磁調理器の給付に積極的な自治体は少ないですね」と話す。

 電磁調理器は一般的に普及しており、給付を受けられなくても、自分で購入できる。しかし、本人に利用を提案したり、操作手順を教えたりする役割をだれが担うかが大きな課題のようだ。

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 ■安全な生活を準備

 「認知症でも軽いうちなら、電子レンジと電気ポットを使って生活できる。元気なうちに、家の中の生活範囲を限定し、危険な所は使わないようにする。レンジとポットを使いやすい場所に置くなど、生活をシンプルで安全にしておけば、自宅で暮らせる期間が長くなる」

 こう提案するのは、東京都品川区の住宅改修アドバイザーを務める安楽玲子・レック研究所社長。「トラブルがない間は、なかなか生活習慣を変えられないが、認知症になってから変えるには、介入する家族などがいないと難しい」と課題も指摘する。

 物が捨てられない人が多く、住宅改修も、心身が衰える時期を見据えて行う人は少ない。そのため、品川区では元気なうちに安全な暮らし方を考える講座を、シニア向けに開いている。

 「生まれたときから住んでいる地域で、友達に囲まれているのでなければ、いずれ独居が難しくなるのを覚悟しなければならない。にもかかわらず、該当する人の参加は少ない」(安楽さん)のが現状。心身の衰えを想定した人生設計は難しそうだ。

(2008/09/18)