産経新聞社

ゆうゆうLife

最期のときを家族と ケアの値段

大山実 撮影


 あなたが健康なら、在宅で命の最期を過ごすことを想像するのは、簡単ではないだろう。

 特に、がんという病気は、検査、診断、治療など、病院と専門医に深くかかわるから、病院から離れることに不安は尽きないだろう。しかし、今や入院日数短縮が国の方針。できれば、最期も家で、ということらしい。国の本音は、とにかく医療費削減ではないだろうか。

 私は在宅ホスピスケアを細々と、20年近く続けてきたから、応援はうれしいはずだが、どうもしっくりこない。確かに、ある研究で月に100万円以上とされた濃厚な終末期入院医療費と比べると、在宅ケアは安上がりに見える。しかし、私は医療費削減のために在宅ケアをしているわけではない。満足のいく在宅死を増やすには、「死ぬ場所」を自分の問題として選ぶのが第一ではないだろうか。

 近所の和菓子屋の主人、上山猛さん(76)=仮名=は脳梗塞(こうそく)による半身まひと10年以上闘ってきたが、半年前に肺がんが見つかった。すでに進行し、手術も抗がん剤もできない。重い肺がんでせきや熱が出たり、酸素吸入が必要な人は、老人施設での受け入れが難しく、家での療養しか道はない。上山さんには、訪問看護が連日入り、点滴などを行う。往診は落ち着いている間は週2〜3回。24時間、いつでも医師と看護師が対応する。痛みの緩和は良好。往診の度に「大丈夫。どこも苦しくないよ」と笑顔で答えてくれる。

 奥さんと2人暮らしだが、夜は息子も手伝いに来てくれる。これで医療費は1カ月20万円ちょっと。後期高齢者なら1割負担(月の限度額は平均的所得の人で1万2000円)。甲府市では、障害がある上山さんは今年4月から無料だ。こういうことができるには、患者さんと家族が自分の意思で在宅を選ぶこと、緩和ケアの知識を持ち、重症者を24時間体制で引き受けてくれる医師と看護師の医療チーム、連携してくれる病院が必要。

 患者と家族を支えてくれる友人や身内の存在も大きな要素だ。在宅の命のケアは、医療費は安いけれど、たくさんの献身と愛情と信頼が必要になる。「お父さん直伝の草もちを食べてください」。奥さん手作りのお土産を頂いて、いろいろなことを考えながら帰路についた。(内藤いづみ 在宅ホスピス医)

(2008/10/15)