産経新聞社

ゆうゆうLife

最期のときを家族と 講演も大切な仕事

大山実撮影


 全国での講演も私の大切な仕事のひとつ。と言っても、在宅の患者さんは24時間、いつ具合が悪くなるか分からないので、遠くに行くのは月1度くらいが限度だ。重症患者さんには、お土産を買って来ると約束し、重大事には必ず、病院が連携してくれるよう手配して出掛ける。

 先日は、関西のある町で30代〜70代の一般の人を対象に「在宅医と病院医師からのメッセージ」というテーマの講演会が開かれた。私は在宅ケアの話を担当し、病院に勤める女医さんが総合病院の現状を伝えてくれた。

 私は20年近く在宅ケアを続けてきたが、在宅ケアがどんなものか、ピンと来ない方は多い。この日の参加者も、「現実に、家族が末期がんといわれたら、どうしたらいいか分からない。がん患者なんて、家で看(み)られるわけがない」という思いを抱いておいでのようだった。

 女性勤務医が説明する。「日本の入院システムは変わりました。入院短縮が目標です。病院で必要な検査や治療を受けたら、患者さんには退院してもらいます。病院でできることは限られており、入院ケアや看取(みと)りを希望されても、お受けできないこともありそうです。なるべく長く地域で過ごすために、身近でホームドクターを確保してください。病院は最大限、連携します。今までとは違うことを、まず自覚してください」

 病院など施設での看取りが8割を占め、病院にかかれば最期まで面倒をみてもらえた時代を過ごしてきた人の方向転換は容易でない。参加者の多くは当惑した様子だった。私の番だ。

 「焦らなくて大丈夫です。あなたの病院はあなたを見捨てたりしません。しかし、国がこれから在宅ケアに重点を置くことは事実です。何科でもいいから、いつでも相談できる信頼できるホームドクターをまず探してください」

 がんでも老衰でも、命の看取りはそれほど違わない。本人と家族が“家に居る”と決め、医療チームと縁を結べれば、道は開ける。

 講演では続けて、私の身近で在宅ホスピスケアを実行した人の話をした。森田道子さん(75)=仮名=はがんの脳転移があったが、最期の1カ月を家で平和に過ごした。そして、幼い孫2人に囲まれ、最期の夜はずっと夫に抱きしめられて旅立った。スライドに映る穏やかな笑顔に、会場から「いいなぁ」という声がこだました。

(内藤いづみ 在宅ホスピス医)

(2008/11/19)