産経新聞社

ゆうゆうLife

編集部から 記憶を引き出すキーワード

 元女優、南田洋子さん(75)を介護する俳優、長門裕之さん(74)のインタビューを、4、5日付「向き合って」で紹介した。その中で書き込めなかったエピソードがある。「老老介護」に向き合う長門さんが、妻の歌声に感動したという話だ。

 南田さんは5年ほど前から記憶を失い始め、興奮すると、言葉を探しても出てこないような状態になった。長門さんがなじみの歌を口ずさんでも、何の反応も示さない。

 ところが、今年の北京五輪のときに異変が起きた。テレビを見ていた南田さんが、競技を観戦しながら、突然、姿勢を正し、「君が代」を歌い始めたという。

 パソコンに向かっていた長門さんは驚き、喜んで「今、君が代を歌っているの」と声を震わせて聞いたそうだ。

 人は言葉と言葉を関連させて物事を記憶している。南田さんの頭の中では、「五輪」と「君が代」が、何らかの形で結びついていたのだろう。長門さんはその出来事を語りながら、瞳を輝かせ、ほおを紅潮させていた。忘れられない表情だった。

 人には、それぞれのキーワードがある。長門さんは「老化しないように一生懸命、洋子を介護します」と話していた。長門さんから、もっとも多くを引き出す言葉があるとしたら、それは「南田洋子」というキーワードに違いない。そう思った。(竹中文)

(2008/12/26)