産経新聞社

ゆうゆうLife

最期のときを家族と 遠藤周作さんとの出会い

大山実 撮影


 作家、遠藤周作さんとの出会いは、私の支えのひとつだ。30年ほど前、遠藤さんの始めた「心あたたかな医療をつくる運動」で知り合った。今でこそ当たり前の「患者の権利」を公に主張してくださった。結核などで長く辛い入院生活を味わい、遠藤さんは患者と医療者の信頼の重要性を理解し、両者の橋渡しをしたいとも考えておられた。

 心通う温かなかかわりを、どんな末期の患者も一番望んでいる、と私に教えてくださった。末期のがん患者さんを何人も担当し、オロオロする若き日の研修医である私に、「どんな辛いことも、君に必要な学びだ。覚えておきなさい。医者と神父は人の魂に手を突っ込む仕事なんだ」とおっしゃった。

 科学としての医学しか学んでいなかった当時の私は「魂」という言葉にドキッとし、その重大性に身がすくんだ。後にホスピスケアを学び、「スピリチュアルケア」という分野があると知った。人間は体だけでなく、心と社会性と魂があり、その全部が苦しみ、痛み、そしてそれをケアする方法がある、と。

 私のホスピス啓蒙(けいもう)活動を手伝ってくれるスタッフの母、原田恵子さん(当時69)=仮名=は、出会う2年ほど前から乳がんを患っていた。その少し前にご主人をがんで病院で看取った。それはあまり納得できる形ではなかったという。できたら、自分のときは家で最期まで過ごしたい、と本人も娘さんも考えていた。

 転移もあり、積極治療に可能性は薄かったが、10年以上前に、覚悟してそういう選択をする人はまれだった。初めてお会いしたとき、「痛みはできるかぎり緩和していきましょうね。きっと大丈夫。今持っている力、体の元気な部分を最大限、生かしていきましょう」と伝えたら、とてもうれしそうにうなずいてくださった。

 原田さんは書家で、大作をコンクールに出したいという望みがあった。クリスチャンで、牧師さんの訪問に励まされ、とうとう大作を仕上げて出展した。

 「ありがとう。ありがとう。会えない皆にもありがとう。世界中の人にありがとうと言いたい」。それが昏睡(こんすい)の合間の原田さんの最期の言葉だ。私たちが少しでも魂のケアができたかどうかは分からない。ただ、原田さんから贈られた作品を見ると、「ありがとう」の言葉を思いだす。(内藤いづみ 在宅ホスピス医)

(2009/02/04)