産経新聞社

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NICU満床で救急圧迫 障害児の「地域受け入れ」模索

重度の心身障害児のデイケアを行う「能見台こどもクリニック」=横浜市金沢区



 救急搬送の妊婦さんが病院の産科で受け入れを断られ、たらい回しになる原因は、小児科のNICU(新生児集中治療室)が常にいっぱいなため。背景には、NICUから出られない重度心身障害児が増えていることがある。厚生労働省は3月、報告書でNICUの増床と、重度心身障害児の地域での受け皿づくりを求めた。(北村理)

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 報告書は「周産期救急医療における安心と安全の確保に向けて」。昨年10月に都内で救急搬送された妊婦の死亡を機に、厚生労働省が立ち上げた懇談会が作成したもので、メンバーは救急や産科の専門家ら。

 報告書は全国の周産期母子医療センターで、母子の受け入れが困難になっていることについて、「主因はNICUのベッドの不足」と指摘。救急搬送の受け入れ拡大のためには、NICUに長期入院する重度心身障害児を後方支援のベッドに移し、NICUを空ける必要性があると訴えた。そのうえで、後方支援策として「地域での一時預かりサービスの充実や訪問看護ステーション活用促進」を求めた。

 しかし、重度心身障害児の地域への受け入れはこれまで、「親子の問題」として放置されてきたのが実態。現実に後方支援の施設などに入所する重度障害児(者)はわずか2割程度。厚生労働省は「それも、県境を超えて、親が入所先を探しているのが現状で、一時預かりサービスの実施主体をどこが担うかはこれからの検討課題」と立ち遅れを認める。

 産科救急の逼迫(ひっぱく)から、突如、重度障害児宅への訪問看護の役割を求められた格好の日本看護協会も当惑気味。「重度の心身障害児には長期的な医療ケアが不可欠で、訪問看護が役割を果たすとしても、各地域でケアができる医師との連携によるシステムづくりが必要だ」と、腰をすえた態勢作りを求めている。

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 ■2000人突破した神奈川県 在宅拡大へ取り組み開始

 神奈川県は産科の救急搬送で、搬送先決定までの時間が長い都道府県の5位に入る。昨年から重度心身障害児の受け入れ施設拡大に取り組みはじめた。

 県内の重度心身障害児(者)は平成17年度に2000人を突破し、以後も年々増加している。これに対し、県内にある受け入れ9施設(病院)の定員は550人。実際の受け入れは「医師不足など」(同県)により、500人にとどまっている。

 このため県は受け入れ施設には助成金を支給。このほか、NICUを出て自宅で暮らせるように、4月から介護事業所の職員やヘルパーを対象に、重度心身障害児のケアに関する研修を実施する。

 横浜市では、19年度までの7年間で重度障害者の増加率が35%に上る。自宅での受け入れ拡大を目指し、20年度から開業医と訪問看護師らを対象に、重度障害児の医療に関する研修を開始。医療職にノウハウを獲得してもらったうえで、開業医と訪問看護ステーションを連携させる計画だ。

 そのモデルとなったのが「能見台こどもクリニック」(横浜市金沢区)。1カ月あたり延べ300人以上の重度心身障害児のデイケアを行う。小林拓也院長は「小児科医の絶対数が不足している状況では、地域の小児科開業医が障害児への対応能力を高め、各診療所ごとに、ケアする障害児の数を配分し、対応するのが現実的ではないか」と指摘している。

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 ■半数超「救急搬送受け入れできず」

 厚生労働省は昨年、全国75カ所の総合周産期母子医療センターを対象に、救急搬送の受け入れ状況を調べた。それによると、「平成19年度中に救急搬送の受け入れができなかった」と回答したセンターは半数超。母体搬送の場合も、新生児搬送の場合も、断った理由の1位には「NICUに空きがなかった」が挙がった。

 NICUがどこも満床である背景には、低体重児が増えていることがある。出生時の体重が1000グラム以下の「低体重児」は年に3500人に迫る勢い。小さな赤ちゃんはNICUに入っている期間が長引く。障害が生じる可能性もあり、1年以上の長期入院の割合も高まる傾向だ。

 名古屋市立大学の戸苅(とがり)創教授(新生児・小児医学)は「産科および小児医療の進歩で、1000グラム以下の低体重児でも後遺症なく助かるケースが増えている。低体重すなわち重度障害児ではないが、低体重児のなかの一定の比率で脳性まひは起きる。障害は体重と密接な関係があるので、低体重でも助かる絶対数が増えていることを考えると、結果的に障害が生じるリスクもある」と指摘する。

 助けられるのに、育てる環境は十分でない。先の調査では、NICUの整備について、各都道府県の周産期医療担当者で、「ほぼ充足している」と答えたのは25自治体にとどまり、22自治体は「不足している」と回答した。

(2009/04/06)