産経新聞社

ゆうゆうLife

編集部から 命の始まりと終わりを取材して

 蚕が、新鮮な桑の葉を一斉に食べ始めると、ザーッと雨がトタン屋根をたたくような音がするという。

 「その音を聞くと、魂をつかまれたようになる。今も身震いする」と、話してくれた人が2人いた。ひとりは助産師、もうひとりはがん患者だった。

 生命の誕生を介助する助産師と闘病中のがん患者。生と病、立場は相反するように見えるが、2人はともに「迷いが生じたら蚕を思う。人知を超えた生命の強さを感じるから」と言った。

 4月の異動で、ゆうゆうLife担当を外れる。2年半、主に出産やがんの取材をした。当事者も、支える医療者も、命の始まりと終わりに心が揺れるさまを目の当たりにした。

 ある医師は、がんで妻を亡くした夫の報告を聞き、「男泣きに泣いた」という。生きたい妻。しかし、主治医は効果のない治療をあきらめさせようとした。治療を求める夫妻に、主治医の「医療費の無駄遣いです」の言葉が冷たく響いた。

 聖路加国際病院の福井次矢院長は研修医時代、日野原重明理事長から「医療は技術のみにあらず、患者の生活を思うことが大切だ」と指導を受けたことがあると打ち明けた。

 取材協力者の訃報(ふほう)にも接した。命の際(きわ)に立つ多くの人が「ほかの人の役に立てるなら」と、思いを伝えてくれた。心から感謝を伝えたい。(北村理)

(2009/04/10)