産経新聞社

ゆうゆうLife

認知症最前線〜リハビリで在宅復帰(上)

作業療法士らと校長時代について話す川辺徳三さん(右)


 ■介護する家族を支える

 今年4月の介護報酬改定で、認知症患者の在宅復帰を促す認知症短期集中リハビリテーション(認知リハ)の対象が拡大されました。重い認知症患者と暮らすのは、家族にとっても辛いものですが、リハビリで著しい改善が見られるようです。埼玉県春日部市の介護老人保健施設「しょうわ」は、入所者の9割以上を在宅復帰させています。(竹中文)

 「先生は、保護者からずいぶんモテたって聞いていますよ」

 作業療法士が川辺徳三さん(77)=仮名=に声をかけると、川辺さんの強ばった表情に、ぱっと花が咲いたように笑顔がはじけた。

 川辺さんは小学校の校長で定年退職を迎えた。現在は60代の妻と2人暮らしで、「しょうわ」の通所リハビリテーションとショートステイ(短期入所)を利用している。

 作業療法士らが、川辺さんに「先生」と声をかけるのは、回想法の一環。昔の記憶を思い出させて、脳を活性化させる療法だ。校長時代について聞かれた川辺さんは「先生はギャグを知らないといけない」「宿直をしていたときは大変だったよ」など、目尻にしわを寄せて語った。

 川辺さんは要介護4。かつては怒ったように「おーい、おーい」と叫び続けたり、話しかけると「なんだよ」と怒り出す暴言や介護拒否の症状があった。重度のアルツハイマー型認知症と診断され、20年11月、入所した。

 医師は川辺さんの薬を見直し、校長時代の話を聞く回想法や、食事どきは車いすから椅子に移すなど、現在の認知リハと同じ形式のプログラムを組んだ。介護度の重い川辺さんは当時、介護報酬では認知リハの対象でなかったが、大声を出す頻度は減り、約30日後に退所した。

 リハビリテーション部の茂木有希子部長は「奥さんにも心理教育のプログラムを受講してもらいました。自宅に戻すには、介護者にも接し方を理解してもらう必要があります。介護者に悩みを打ち明けてもらうことも大切。奥さんに『気楽に介護すればいいのよ』と声をかけ、肩の荷をおろしてもらいました」と話す。

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 ■認知リハで在宅復帰率92% 生活空間すべてが「リハビリ」

 「しょうわ」の平均在所日数は平成20年に54・8日で、在宅復帰率は92%。老健の平均在所日数277・6日、在宅復帰率31%に比べ、在宅復帰への熱心さが分かる。

 この数字を支えるのが、認知リハ。佐藤龍司・施設長は「うちの施設には訓練室はありません。訓練室から出たら、ベッドに寝ているようでは在宅復帰はできませんから。リハビリを生活のなかで取り入れています」と説明する。

 ベッドから起きあがるときや座るときも、作業療法士らが動作を促し、生活のなかで運動療法を行う。施設内には、昭和初期の曲や歌謡曲に合わせて歌うスペースや、スポーツ吹き矢をする場所も。簡単な点数計算もリハビリの一環だ。

 暴言などの行動や家族との関係、脳の状態を記した診断書をもとに、プログラムが組まれ、「脳の状態によっても、リハビリ方法が違う」(佐藤施設長)という。

 認知リハについて、龍谷大学の池田省三教授は「老健の目的は本来、在宅復帰。認知リハの算定が拡大され、在宅復帰に積極的な施設が高く評価されるのは当然」としたうえで、「在宅復帰後の患者を支える介護者にも認知症を理解してもらう必要がある。在宅を維持するには、介護者の不安やストレスを取り除くのが不可欠。『認知症サポーター100万人キャラバン運動』など、認知症患者や家族を地域で支える取り組みへの支援をすべきだ」と話している。

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【用語解説】認知症短期集中リハビリテーション

 認知症と診断され、リハビリで生活機能の改善が見込まれる人が対象。従来は軽度認知症の老健入所者が対象だったが、4月から介護療養病床や通所リハビリで、中重度の認知症患者にも拡大された。入院日(入所日)から3カ月以内に、医師または医師の指示を受けた理学療法士、作業療法士、言語聴覚士が個別に20分以上のリハビリを週2、3日行うと、1日約2400円の介護報酬がつく。

(2009/04/21)