産経新聞社

ゆうゆうLife

編集部から 言葉の向こう側にある思い

 豊かな自然にとけ込むように介護老人保健施設「しょうわ」があった。私は介護の取材を始めて間がない。この施設で、初めて重度のアルツハイマー型認知症の男性(77)を取材したとき、実は戸惑った。

 何を聞いても、男性はまゆをひそめ、うつむいたまま。「家に帰りたいので、妻に電話をかけてもらえませんか」と繰り返すのみ。会話にならず、どうしたらよいか分からなかった。

 近くにいた女性作業療法士に目で救いを求めると、彼女は男性の手を握り「校長先生」と、語りかけた。この言葉で男性の表情は一変した。男性は小学校を校長で定年退職した経歴だった。その日はもう「帰りたい」という言葉は聞かなかった。

 「驚きました」と、感想を伝えると、佐藤龍司施設長は「利用者が『帰りたい』と言ったときは、なぜかを考え、原因を取り除きます。そうすると、落ち着いちゃうんです。言動の原因を考えることが大切なんですよ」と教えてくれた。

 もしかしたら、男性は校長時代を思いだし、語る相手がほしかっただけなのかもしれない。きっと、子供を育てることが心底好きだったのだろう。

 思いが分かれば、対応の方法も違ってくる。相手の気持ちにも添える。人は思いと思いでつながっている。いつも、言葉の向こう側にある思いを理解したいと感じたのだった。(竹中文)

(2009/04/24)