産経新聞社

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地域包括支援センターを知っていますか?(上)

吉田さんが住んでいた地域を担当する地域包括。高齢者と家族のセーフティーネットだが、存在を知らない住民は多い=宮城県石巻市



 □相次ぐ高齢者虐待・孤独死

 ■地域の相談所、機能せず

 生活苦の中、認知症を抱えて独りで暮らす高齢者や、失業中の息子が親を介護していたり…、課題の多い世帯が目立っている。3年前、全国にできた地域包括支援センター(地域包括)は、高齢世帯をはじめ、地域の“よろず相談所”になるはずだった。しかし、問題家庭を早期に発見したり、公的支援につなげて孤独死や虐待を防ぐ役割は十分に発揮されておらず、事件は起こり続けている。(清水麻子)

 宮城県石巻市の住宅街で今年2月中旬、吉田千寿子さん(73)=仮名=は同居の長男(53)から暴行を受けて命を落とした。

 吉田さんは歩行が困難で、ほぼ寝たきり。しかし、その日は自分で排泄(はいせつ)物を部屋からトイレに運ぼうとして部屋を汚し、長男の怒りを買った。

 「母には、すまなかったと思います。自分が弱く、疲れていました」。長男は先月中旬、仙台地裁での初公判で、弟妹らが協力的でないなか、介護保険も使わずにやってきた事情を説明した。

 一方で、過去にも吉田さんに暴力をふるっていた事実も明らかになった。遺体は脳挫傷を起こしており、暴行との因果関係は明らかでないが、肋骨(ろっこつ)が折れていた。長男は無職で、世帯の収入は吉田さんの年金、月約8万5000円に限られていた。生活は苦しかったようだ。

 しかし、こうした事情は、事件が起きるまで周囲に知られないままだった。町内会長(74)は「地域の課題を把握しようとしているが、吉田さん親子の存在は知らなかった」と話す。石巻市の福祉総務課も、虐待予防の中核機関としてかかわるべき同市の地域包括の責任者も「まったく把握していなかった」と口をそろえる。

 唯一、異常に気付いていたのが、隣家に住む女性(36)。女性は「時々、息子さんの怒鳴り声が聞こえていた。おばあちゃんに郷里のお土産を持っていったら、『息子に怒られるから』と返されたこともあった。息子さんは精神的に不安定な様子で、家の子供たちも些細(ささい)なことで怒られ、怖かった」と声をふるわせる。しかし、女性も隣家を行政に通報することはなかった。「虐待だとは思わなかった」という。

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 □3割が「知らない」

 ■低い認知度…異変あっても情報届かず

 認知症などを抱えた高齢者自身の問題だけでなく、最近目立つのは、家族が失業や精神疾患などの事情を抱え、世帯ぐるみで苦境に陥っているケースだ。

 全国に3976カ所ある地域包括は、社会福祉士や保健師、主任ケアマネジャーの3職種が常駐し、こうした世帯を早期に発見することになっている。

 しかし、吉田さんの事例のように、地域包括が知らずに事件に発展するケースは後を絶たない。

 厚生労働省によると、平成19年度に家族から虐待を受けて死亡した高齢者は全国で27人。把握されていない事例も含めると、さらに多いとみられる。

 大阪市立大学の岩間伸之准教授は「そもそも地域包括の認知度が低い。近隣住民が家庭の異変に気付いても、その情報が地域包括に行き届かない」と指摘する。

 東京都が平成20年、一般都民を対象に地域包括の認知度を調べたところ、「名称を知らない」「活動内容を知らない」と答えた人が約3割に上った。岩間准教授は「いつもと様子が違うとか、怒鳴り声が聞こえたとか、住民が少しでも違和感を覚えたら、『とりあえず地域包括に連絡しよう』と思えるくらい身近な存在になるべき」と話す。

 しかし、虐待死した吉田さんが住んでいた地域の地域包括の責任者は「民生委員には仕事を理解してもらっているが、忙しすぎて、地域を歩いて一般住民に理解されるには至っていない」とする。

 悩みはどの地域包括も共通だ。認知度を高めるため、「地域包括支援センター」という分かりにくい名前に、愛称をつける自治体も相次ぐ。東京都練馬区は先月、区内22カ所の地域包括の名前を「高齢者相談センター」に変えた。担当者は「高齢者本人や地域から、さまざまな家庭の情報が寄せられるはず」と期待をかける。

 静岡県富士宮市の地域包括は児童や障害者も含め、市民のあらゆる相談を聞き、市役所の担当課につなぐ。地域包括の職員が民生委員の会合にも参加し、「何でも相談ください」と存在をアピール。その結果、平成20年度の総合相談件数は1万件と、18年度の約3倍に増えた。

 担当者は「多重債務の整理から労災の手続きまで、課題を抱えた世帯の支援網の強化に結びついている」と話す。

 岩間准教授は「パンフレットを作ってまくより、自治会など、既存組織の集まりに地域包括の職員が顔を出して協力を求め、顔を覚えてもらい、連絡をもらいやすい関係をつくることが一番有効だ」と指摘している。

(2009/05/18)