ENAKが観た「インサイド・マン」
隠されていたものは、また隠れる!
5月26日(金) by 久保亮子
小説や映画で、銀行の貸し金庫が“名脇役”として登場することがある。
たとえばー。

作家、辻仁成の小説「サヨナライツカ」では、主人公が忘れられないかつての恋人から届いた手紙を保管した。大ヒット公開中の映画「ダ・ヴィンチ・コード」ではなぞを解明する地図が預けられていた。

私の知人は、私がせっかく贈った小さな磁器、リモージュボックスをそこへ“閉じ込めて”しまった。なぜ? と尋ねたら、「貸金庫に預ければ誤って割ってしまうことはないだろうし、時々のぞきに行くという新しい楽しみもできる」という。貸し金庫には密室ゆえの高い防犯、安全性もさることながら、しばし現実を遮断する隠匿、神秘の魅力のようなものがあるのだろう。

そんな貸し金庫。この「インサイド・マン」でも強烈な存在感を示す。

≪マンハッタン信託銀行で強盗事件が発生。現場に急行した刑事、キース・フレイジャー(デンゼル・ワシントン)にとって、“型通り”にことが運ぶ事件のはずだった。が、頭脳明晰な犯人グループのリーダー、ダルトン・ラッセル(クライブ・オーウェン)は人質全員に自分たちと同じ格好をさせる陽動作戦をとる。一方、銀行の取締役会長、アーサー・ケイス(クリストファー・ブラマー)はろうばいしていた。貸し金庫には彼の身の破滅につながる重要な秘密が隠されていた。アーサーが秘密の死守を依頼したのは有能な弁護士、マデリーン・ホワイト(ジョディ・フォスター)。マデリーンはあらゆる手をつくして犯人との交渉にあたったが、決裂。キースの策略はすべてにおいて上手。そして本当の完全犯罪は人質解放後に用意されていた…≫

ニューヨークを舞台に銀行で人質立てこもり事件が起きる。一報を受けた警察は、“通常の銀行強盗”として解決を試みるが、犯人の要求からどうも明確な目的を見いだせない。真意を探るなか、犯人が立てこもる銀行の、ある貸し金庫をめぐって複数の人間が絡み合ってくる。

アーサー・ケイスが貸し金庫に封印したものは「時代」だともいえる。彼は第二次世界大戦下において、ナチス政権に加担し、富を築いた過去を持つ。つまり、マンハッタン信託銀行は血で染まった資金で創設されたていたのだ。

しかし、この作品がサスペンスとしての質を高めているのは、その封印されたものの「強奪」と「死守」、「人種抗争」という構図で決着しないところだ。つまり、観客は物語の最後までキースとともに困惑し続けることになるのだ。

いかにもスパイク・リー監督らしい。

アフリカ系米国人のリーは近年、人種の枠を超えた映画作りにこだわる。実際、米国におけるマイノリティー(少数派)の割合は33%に達してもいる。

開放された人質のなかに、その外見から「アラブ人」だと疑われ、「(自分は)シーク人だ!」と警察官にかみつく場面もあった。イスラム系に対する米国人の短絡的な疑心や思い込みに対してリーは「そんな時代ではないのだ」とトゲを刺しているわけだ。

そんな一辺倒な認識への監督の“かく乱”は、冒頭から出てくる。ズンズンズンと重たく響くリズムにヒンズー語の歌詞の歌が流れる。そこにニューヨーク・マンハッタンの映像が重ねられると気分は不安に直結。民族対立にかかわる作品なのかという先入観をもってしまった。

「いかにして観客の“注意”をそらすか。それが最大のポイントだった」と語るのは、製作者のブライアン・グレイザー。「ダ・ヴィンチ・コード」の製作も務めた人物だが、貸し金庫はまさにその言葉通りの役割を果たす。

これ以上は明かせない。ただ、作品をより楽しむためのヒントを最後に。

「隠されていたものは、また隠れる」



「インサイド・マン」
6月10日(土)より、東京・みゆき座ほか全国一斉ロードショー

公式サイト
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