第135回直木賞受賞作家
三浦しをんさん&森絵都さんに聞く「自分探し」から「社会性」へ
7月26日(水) 東京朝刊 by 上塚真由
第135回直木賞に決まった三浦しをんさん(29)と、森絵都さん(38)。ともに多くの読者を持つ人気女性作家で、描く世界は異なるが、受賞作は日常生活の社会性を扱うという点で共通している。選考委員の一人、井上ひさしさんは、「エンターテインメント小説の分野では、ここ20年ほど“自分探し”を主眼とした作品がもてはやされてきたが、最近、作者や読者の態度が変わってきているように思う。その最初の具体的な形が今回の受賞作で、頼もしい」と、社会と個人とのかかわりを模索する若手の台頭に期待を寄せた。   

作品を手に受賞の喜びを語る三浦しをんさん(左)と森絵都さん=13日、東京会館
作品を手に受賞の喜びを語る三浦しをんさん(左)と森絵都さん=13日、東京会館


三浦さんの受賞作『まほろ駅前多田便利軒』(文芸春秋)は、東京郊外の架空の街「まほろ市」が舞台。便利屋を営む男性のもとに、高校時代の同級生が転がり込み、情けなくとも憎めないコンビが、依頼を解決していく物語だ。

一方、森さんの『風に舞いあがるビニールシート』(同)は、洋菓子、野球、仏像など他人に理解されなくても自分の「大切なもの」を守り、ひたむきに生きる人々を描いた短編集。

痛快な小説と、ハートウォーミングな短編集。作風は全く違う。しかしこれまでの「自分」の存在を大切にした作品とは異なり、社会に真摯(しんし)に向き合っているところに新しさが感じられる。

三浦作品は、現代の家族のあり方に疑問を投げかける。親から愛されていない小学生の送り迎えなど、便利屋として引き受ける日常的な依頼の中で問題を提示する。

「家族の枠組みを自明のものと思っている無邪気な信頼に違和感があり、家族とはいったい何なのだろうと、自問しています」と三浦さん。

また森さんの表題作は、国連難民高等弁務官事務所が舞台。主人公の女性は、元夫であるアメリカ人の上司との関係に悩みながらも、難民問題に取り組む姿勢や意味を見いだしていく。主人公に温かいまなざしが注がれ、前向きな結末がさわやかな印象を与える。

森さんは「世の中が不安定で何を信頼すればいいのか悩んだとき、ふと、自分の仕事を黙々としている人の情景が浮かぶ」と話す。

今回の直木賞は、候補6作中5作が、日常の中の社会性を扱った作品だった。その中で、受賞2作が第1次投票で過半数を獲得。井上さんは「読者への届け方が上手。口当たりよくおもしろく読ませながら、大事なメッセージが後に残るように書いた」と評価した。

井上さんは作風の変化について「若い人たちの意識が変わった」と指摘する。自分の中に閉じこもり、自分とは何かを追い求めてきた。それが、自己分析も大事だが、社会も大事だ、という風に変わってきているのだ。

しかし、そうした意識の変化が表れるのは、社会自体が切迫している証拠でもある。たとえば親が子を殺し、子も親を殺す。自分さえよければいい、という考え方は破(は)綻(たん)している。すなわち積極的に世の中と切り結ばなければ、生きていくのが難しいということなのだろう。「こうした時代に、小説においても社会に向き合う作品が出てきたのは本当に頼もしい」と井上さんは語った。

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