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ドキュメンタリー「エマニュエルの贈りもの」
ハンディ乗り越え 自転車で祖国を走破
   by 久保亮子
西アフリカ・ガーナ共和国。昨年のサッカーW杯に初出場し、第一次予選を突破したアフリカ唯一の国として記憶に新しいし、前国連事務総長、コフィー・アナンの出身国でもあり、科学者の野口英世が黄熱病研究に生涯を捧げた国でもある。

そんなガーナで1人のアスリートを追ったドキュメンタリー映画が6月、日本で公開される。生まれつき右足に重度の障害を持つが、そのハンディキャップを克服し、ガーナ全土を自転車で単独走破した青年、エマニュエル・オフェス・エボワの物語「エマニュエルの贈りもの」だ。

エマニュエルはこの完走がきっかけでスポーツメーカー、ナイキ(NIKE)からケイシー・マーティン賞を受ける。さらに米国のトライアスロンに参加し、スポーツ界最高の栄誉とされるESPY、アーサー・アッシュ・カレージ賞に輝いた。現在は、母国の障害者施設を支援する「エマニュエル教育基金」を設立し、2008年の北京パラリンピックにガーナ代表を送り込むのが夢だという。公開にあたって宣伝のために来日したエマニュエル(30)に話しを聞いた。

映画「エマニュエルの贈りもの」
(C)2005 First Look Media,inc.All Rights Reserved.

ガーナはワクチンの不足や伝染病などで、全人口の10パーセントにあたる約200万人が障害を持っている。

「僕の国では、障害のある子供は“のろわれた者”とみなされ、生まれて間もなく殺されたり、森の中に捨てられてしまう悪習がある。生き延びたとしても物ごいで生活するしか道がないのです」

国民の平均年収が400ドルにも満たない貧国だが、サハラ以南では最初に独立国となった民主主義国家。そんな不屈の血が受け継がれているのか、「母から物ごいには決してなるなといわれ続けました。彼女は僕に尊厳を与えてくれたのです」。

父親はエマニュエルが生まれて後、姿を消した。支えとなった母親は13歳で亡くなった。その後は学校をやめ、1日2ドルの靴磨きで生計をたてた。

「25歳のとき、米障害者アスリート財団に『自転車が欲しい』と嘆願書を書いた。1本の足でも自転車をこぎ、自分の国を横断したかった」。この夢がエマニュエルばかりか、ガーナを動かすことになる。

走行距離が長くなるほど、メディアの注目も高まった。そんななかで米国の双子の女性監督、リサ・ラックスとナンシー・スターンと知り合った。リサとナンシーはドキュメンタリーやテレビ報道番組でこれまでに計16個のエミー賞を受賞した才媛。エマニュエルも絶大な信頼を寄せる。

(C)2005 First Look Media,inc.All Rights Reserved.

「リサとナンシーは実に2年もの僕の活動をフィルムに収め続けた」と語る。映画は横断のために各村長に許可を申請する場面に始まり、走破後に米国で右足をひざ下から切断する手術のようす、義足を装着して挑んだトライアスロン、そして現在にいたる母国での障害者のための福祉活動までが盛り込まれている。

地道だが、すさまじいほどの粘り強さに人々は心打たれた。物語の冒頭、エマニュエルは鏡のなかでネクタイを結んでいる。「自分がスーツを着るようになるなんて想像もしなかったよ」と素直な言葉で勝者の誇りをかみしめる。

ご本人に会ってみると映画とは違って小柄。行動力もさることながら、「子供のころの夢は弁護士だった」と言うだけに、質問の意図をくみながら簡潔に答える。自転車で全土を走破する夢が、国家問題でもあった身障者の社会的保障の制度化にまでこぎつけるとはエマニュエル自身、思いもしなかっただろう。

米国のレースで活躍する姿に母国のキビ国王やクフォー大統領から会談の招待があった。ブッシュ大統領や、同郷のアナン前国連事務総長にも会った。

「あなたは私のヒーローだ」と言われて感動した。「『この僕がヒーロー?』ってね」 「僕は現在、10人のスタッフとともに基金で活動している。互いの夢や、人と人とを結びつけることが好きでたまらない。これからは来年、住んでいる地区の議会に立候補し、議員になって活動の体制を整えていきたい。貧しい子供たちの学費免除を法制化し、ガーナ最大級のスポーツ施設の建設が夢だ」

階段を登るように人生を切り開いてきた。そんな彼に「身障者のなかにはあなたとは違って、悲観的な人もいるはず…」と投げかけてみた。

「『“物ごい”をするな』と訴え続けている。子供のために物ごいをする母親は『通学費を稼ぐため』と答える。それなら、僕の活動に参加し、基金を利用してもらう。そういうふうに考え方を変えさせ、自立させなくてはなにも始まらないんだ」。

母の言葉を信じて、自らを救った。その言葉を次は自身が与える番なのだ。

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