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驚きの米国の医療保険事情
映画「シッコ」前半は秀逸、後半は監督ムーアの悪癖が…
    東京朝刊 by 岡田敏一
「米で大病したら、のたれ死にだよ」。前任地のロサンゼルスで、そんな言葉をよく聞いた。最初は「ご冗談を…」と聞き流していたが、誇張でないことはすぐに分かった。


米の映像作家、マイケル・ムーアの最新作「シッコ」(公開中)は、米国の医療制度の歪(ゆが)みに切り込むドキュメンタリーだ。少しばかりだが米で生活した者の実感としては、映画の内容にウソはない。

事故で指を2本切断された中年の大工に医師がこう尋ねる。「薬指をくっつけるなら1万2千ドル(約140万円)、中指だったら6万ドル(約700万円)ですが?」

嘘のようだが、米では当たり前の話なのだ。急病になって救急車を呼んだら、病状よりもまず「救急車代は払えますか?」。お金がないと答えると救急車はたちまちUターン。払えます、と答えると今度はこうだ。「サイレン鳴らして病院まで行きますか? サイレン代は別料金ですけど」。ほんとにそう言われた知人がいた。

日本の国民健康保険のような公的な医療保険制度がない米国では、全人口の6人に1人が貧乏なため保険に加入できず、毎年1万8000人が通院できずに死んでいく。民間の医療保険に加入していても、保険会社は難癖付けて保険金の支払いを可能な限り拒否する。

米の医療保険制度の歩みを振り返りながら、こうした悲惨な状況を淡々と紹介する前半は秀逸。しかし中盤からは、ドキュメンタリーらしからぬバランス感覚の悪さと過剰な演出で毀誉褒貶(きよほうへん)相半ばするムーア監督の“悪い癖”が出はじめる。

2001年の米中枢同時テロで健康を害した救命隊員たちを、無償治療が受けられるとしてキューバのグアンタナモ海軍米基地に連れて行くのだが、そこにはテロの首謀者とされるテロ組織アルカーイダの一味が収監されている。かなり作為的と言わざるを得ない。

また、カナダや英国、フランスを訪ね、各国の医療制度を紹介するが、他国の制度の良い部分のみと米の制度の悪い部分のみを抜き出して比較する手法は、ドキュメンタリーとしては禁じ手スレスレだろう。

ブッシュ政権批判の前作「華氏911」(2004年)もそうだったが、過剰な演出と論理展開の強引さが少し鼻に付く。前半は一見の価値ありなのだが…。“話半分”でご観賞あれ。

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